スイッチング周波数とインダクタンス値




『LTspice Users Club』のWebサイトはこちら

■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,出力電圧5Vの基本的な降圧スイッチング電源です.この回路の入力電圧は20Vで,負荷抵抗の値が5Ωとなっています.スイッチ(SW1)は,周波数100kHzでON/OFFを繰り返すようになっており,スイッチがONしている時間は一周期の中の25%です.また,スイッチのオン抵抗は十分小さいものとします.この回路でコイル(L1)のインダクタンスの値を10μH,100μH,1mHの3種類に変更して出力電圧を測定しました.この回路で,出力電圧が約5Vとなる,コイルのインダクタンス値の説明として最も適切なのは,(A)~(D)のどれでしょうか.


図1 出力電圧約5Vの基本的な降圧スイッチング電源
出力電圧が約5Vとなる,L1のインダクタンス値の説明として適切なのは?

(A) L1のインダクタンスの値が100μHの場合だけ
(B) L1のインダクタンスの値が100μHと1mHの場合だけ
(C) L1のインダクタンスの値が10μHと100μHの場合だけ
(D) L1のインダクタンスの値が10μH,100μH,1mHの全て

■ヒント

 今回は,スイッチング電源のスイッチング周波数とコイルのインダクタンス値の選定のしかたについて解説します.「LTspice電源&アナログ回路入門016 ―― 降圧スイッチング電源の基礎」で解説したように,降圧スイッチング電源が電流連続モードで動作しているとき,出力電圧は入力電圧にクロック信号のデューティー比を乗算した値になります.図1では,入力電圧が20Vでデューティ比が25%なので,電流連続モードで動作しているときに出力電圧が約5Vになります.出力電圧が5Vのとき,負荷抵抗(RL)に流れる電流は約1Aです.どんなインダクタンス値の場合,電流連続モードとなるかを考えれば,答えが分かります.


■解答


(B) L1のインダクタンスの値が100μHと1mHの場合だけ

 図1が電流連続モードで動作する負荷電流の最小値(Iload)は,SW1がONしている時間をTONとすると「Iload > (Vin-Vout)*TON/(2*L)」で計算できます.それぞれのインダクタンス値の場合,Iload を計算すると10μHのとき1.88A,100μHのとき190mA,1mHのとき19mAとなります.図1の負荷電流は1Aなので,電流連続モードで動作するのは100μHと1mHです.そのため,正解は(B)ということになります.

■解説

●コイルのインダクタンス値と電流
 図2は,図1のスイッチング電源でスイッチ(SW1)がON/OFFしたときの等価回路です.電流連続モードと不連続モードの境界条件での負荷電流とインダクタンス値の関係を求めます.


図2 スイッチがON/OFFしているときの等価回路
コイルに流れる電流は時間に比例して増減する.

 スイッチがONすると,コイルの電流は,それまで流れていた電流(IS)を初期値として時間に比例して増加します.コイルのインダクタンスをLとするとコイルの電流は式1で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 電流連続モードと不連続モードの境界で,ISは0となります.SW1がONしている時間をTONとするとSW1がOFFする直前の電流(ILON)は式2で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 また,TONの期間の平均電流はILON/2です.そして,スイッチがOFFすると,それまでに流ていた電流(ILON)を初期値として,式3のように時間に比例して減少していきます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 境界条件で,次にスイッチがONするタイミングの直前でILが0になります.スイッチがOFFしている時間の平均電流もILON/2になります.つまり,電流連続モードと不連続モードの境界で,1周期の平均電流はILON/2になります.これが負荷電流(Iload)と同じ値になります.つまり,電流連続モードで動作するためには,式4の条件を満たす必要があります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 この電流値を図1のインダクタンスの値を入れて計算すると式5,式6,式7のようになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 図1の条件は,出力電圧5Vで負荷抵抗が5Ωなので出力電流は1Aです.式4の条件を満たしているのは,式6の100μHと式7の1mHのときです.したがって,電流連続モードで出力電圧が5Vとなるのは,100μHと1mHのときということになります.

●インダクタンス値を変えたシミュレーション
 図3は,図1をシミュレーションするための回路です.L1のインダクタンスの値をLという変数にして,10μH,100μH,1mHと変えてシミュレーションを行います.


図3 図1をシミュレーションするための回路
L1のインダクタンス値を10μH,100μH,1mHと変えてシミュレーションを行う.

 図4は,図2の出力電圧のシミュレーション結果です.L1のインダクタンス値が100μHと1mHのときに4.7Vとなっています.インタクタンス値が10μHの場合6.3Vになっており,SW1のオン・デューティ比から計算される値とは異なっています.


図4 図3の出力電圧のシミュレーション結果
出力電圧は,100μHと1mHのときに4.7Vで10μHのとき6.3Vとなっている.

 図5は,図3のコイル電流のシミュレーション結果で,最後の50μsのみ表示しています.100μHと1mHのとき電流連続モードで動作しているのに対し,10μHのときピーク電流が大きく,電流が0になる期間が発生し,不連続モードとなっていることが分かります.


図5 図3のコイル電流のシミュレーション結果
100μHと1mHのとき電流連続モード,10μHのとき不連続モードとなっている.

●スイッチング電源で使用するコイル
 スイッチング電源の性能,実装サイズなどは使用するコイルにどのようなものを選択するかで大きく変わります.特にポータブル機器に使用する電源は高効率で,できるだけ小型であることが求められます.一般的に電源に使用されるコイルは,コア材に線材を巻いて作るため,インダクタンス値が大きいほど形状も大きくなります.
 また,インダクタンス値を大きくすると巻く線材の長さも増え,直列抵抗成分も大きくなります.これは電源の効率を低下させる要因になります.そのため,小型化が要求される用途では,できるだけインダクタンス値の小さなコイルを使用することが望まれます.図1で10μHのコイルを使用すると,ピーク電流が非常に大きくなり,負荷電流が1Aでもコイルの電流は不連続モードとなってしまいます.しかし,スイッチング周波数を高くすることで,インダクタンス値の小さなコイルを使用することができるようになります.

●スイッチング周波数を1MHzに変更したシミュレーション
 図6は,L1のインダクタンスの値を10μHとし,スイッチング周波数を1MHzに変更した回路です.


図6 図3で10μHのコイルを使用するための回路
スイッチング周波数を1MHzに変更している.

 図7は,図6の出力電圧のシミュレーション結果で,出力電圧は4.7Vとなっています.


図7 図6の出力電圧のシミュレーション結果
出力電圧は4.7Vとなっている.

 図8は,図6の回路のコイルの電流と負荷抵抗の電流(Iload)をプロットしたものです.最後の3μsのみ表示しています.電流連続モードで動作していることが分かります.このように,スイッチング周波数を高くすることにより,10μHでも電流連続モードで動作するようになります.図6の回路は10μH,100μH,1mH の全てのインダクタンス値で,電流連続モードで動作します.


図8 図6の回路のコイルの電流(IL)と負荷電流(Iload)
コイルの電流は連続モードで動作している.

●降圧スイッチング電源のインダクタンス値選定方法
 通常,ICを使用したスイッチング電源回路を設計する場合は,スイッチング周波数が決まっていて,それに合わせてコイルのインダクタンス値を決定することになります.
 まず,負荷が接続され,負荷電流が流れている場合,電流連続モードで動作するインダクタンス値とします.図6は,100μHや1mHでも電流連続モードで動作しますが,インダクタンス値が大きすぎると,出力電圧を一定にするためのフィードバックのあるICでは,動作が不安定になることがあります.一般的に,出力電流リップル比が0.3~0.4となるようなインダクタンス値とすることが多いようです.出力電流リップル比(r)は,図8のコイル・リップル電流(ΔIL)と負荷電流(Iload)から,式8のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 ΔILは式1から式9のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 ここで,TONをスイッチング周波数(f)とオン・デューティ比(D)で表すと,式10になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 また,DはVinとVoutを使用して式11のように表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式8,式9,式10,式11をまとめると,コイルのインダクタンス値(L)は式12のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 例えば,図6で出力電流リップル比(r)が0.4となるインダクタンス値は,式13のように9μHとすればよいことが分かります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 また,コイルに流れるピーク電流(ILpeak)は式(14)で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)

 定格電流がこのピーク電流よりも十分大きいコイルを選定する必要があります.

 以上,降圧スイッチング電源のインダクタンス値の選定の仕方を解説しました.実際にスイッチング電源を設計する場合は,スイッチング電源ICの仕様書に記載されているインダクタンスの推奨値を使用するようにしてください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_036.zip

●データ・ファイル内容
Step_down_inductor.asc:図3の回路
Step_down1MHz.asc:図6の回路

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報



別冊CQ ham radio QEX Japan No.53

巻頭企画 ハムのArduino活用の勧め

CQ ham radio 2024年12月号

アマチュア無線(再)開局お役立ち情報

CQゼミシリーズ

藤原進之介監修 テスト形式で総まとめ 情報Ⅰ標準問題集

トランジスタ技術 2024年12月号

世界AI ChatGPT電子回路

Design Wave Advance シリーズ

Arm Cortex-M23/M33プロセッサ・システム開発ガイド

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ