降圧スイッチング電源ICの使い方と効率計算機能
図1(上)は,降圧スイッチング・レギュレータIC(LTC3564)を使用して,3.6Vのリチウムイオン電池から1.8Vの電源を作るための回路です.負荷抵抗(RL)が1.8Ωなので出力電流は,1Aになります.
図1(下)は,LTC3564の内部を簡略化したブロック図です.スイッチSW1とSW2は,制御回路でON/OFFがコントールされます.また,SW1とSW2は互いに逆位相で2.25MHzでON/OFFを繰り返します.制御回路の実際の動作はかなり複雑ですが,簡略化するとFB端子の電圧が0.6VになるようにSW1のオン・デューティ比を制御します.FB端子の電圧が0.6Vよりも高くなるとSW1のオン・デューティ比を狭くし,0.6Vよりも低くなるとオン・デューティ比を広くするような動作をします.
このような図1の動作で,出力電圧(VOUT)が1.8VとなるR1とR2の抵抗値の組み合わせは,(A)~(D)のどれでしょうか.
出力電圧を1.8VにするR1とR2の抵抗値の組み合わせは?
(B) R1=600kΩ,R2=200kΩ
(C) R1=300kΩ,R2=600kΩ
(D) R1=600kΩ,R2=300kΩ
今回は,LTspiceでスイッチング電源の効率をシミュレーションする方法を解説します.LTC3564は,R1とR2の抵抗比を変えることで,出力電圧を0.6V~Vinの範囲で任意に設定することができます.問題文にもあるように,FB端子電圧が0.6Vとなるように出力電圧を制御します.つまり,出力電圧をR1とR2で分圧した値が0.6Vとなることを考えれば,簡単に答えが分かります.
FB端子の電圧はVOUT*(R2/(R1+R2))で計算することができます.VOUTを1.8Vとして,(A)~(D)の値を代入すると「A=0.45,B=1.35,C=1.2,D=0.6」となります.つまりFB端子の電圧が0.6Vとなるのは(D)です.したがって正解は(D)ということになります.
●LTC3564の出力電圧を設定する
LTC3564の出力電圧とR1とR2の関係は,式1で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1を変形してVOUTを左辺に移動すると,式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
通常,電源ICを使用した回路を設計する場合,必要な出力電圧に設定する抵抗値はいくつになるのかを計算することになります.そのようなときは,式2を式3のように変形すると便利です.まず,R1の値を決め,式3を使用してR2の値を求めるという手順で設計します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図1で出力電圧が1.8VでR1を600kΩとすると,式4のようにR2は,300kΩとすればよいことが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●LTC3564使用電源の出力電圧をシミュレーション
図2は,LTC3564を使用した電源回路の出力電圧をシミュレーションする回路図です.LTC3564は,通常デッド・タイムの電流ルートとして必要となる,SW端子とGND間のショットキー・ダイオードを外付けする必要がありません.コイルやコンデンサの値は,仕様書の標準回路の定数に準拠しており,出力電圧を1.8Vとするために「R1=600kΩ,R2=300kΩ」としてあります.また,コイル(L1)のシリーズ抵抗値を10mΩとし,出力コンデンサ(C2)の直列抵抗を5mΩとしています.
コイルや,コンデンサの値は仕様書の標準回路の定数に準拠している.
図3は,図2のシミュレーション結果です.出力電圧は1.79Vとなっており,ほぼ,設計値通りの値が得られています.
出力電圧は設計値とほぼ同じ1.79Vとなっている.
●LTC3564使用電源の効率を計算する
図4は,図2の回路の効率を計算するためシミュレーションの最後の100μsecだけを表示しています.負荷抵抗(RL)の電力とV1の電力波形,および,それぞれの平均電力を表示したものです.出力電力が1.781Wで,入力電力が1.961Wなので,効率(η)は,式5のように90.8%となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
出力電力=1.781W,入力電力=1.961Wから効率(η)は90.8%となる.
●LTspiceの効率計算機能を使用する
LTspiceには,ライブラリに登録されているスイッチング電源ICの効率を計算し,結果を回路図上に表示する機能があります.そこで,今度はその機能を使って図2の回路の効率を計算してみます.図5が効率を計算する回路とLTspiceの効率計算機能で計算した結果です.電源としての効率と各素子の電流の実効値やピーク値および消費電力(損失)も表示されます.
効率だけでなく,各素子の電流や消費電力も表示される.
LTspiceの効率計算機能を使用するには,負荷は抵抗ではなく,電流源とする必要があります.そのため,負荷抵抗(RL)は1Aの定電流源(I1)に置き換えています.ただし,普通の電流源を使用すると,出力電圧が0Vのときも電流が流れてしまい,上手くシミュレーションすることができません.そのためI1には,loadオプションを付けています.
オプションを付けるには,図6のように電流源の値を設定するメニューの中の「This is an load」にチェックを入れます.このオプションを付けることで,出力電圧が0Vのときは電流が流れなくなります.
「This is an load」にチェックを入れ,loadオプションを付ける.
また,シミュレーションコマンド設定画面(図7)で,「Stop simulating if steady state is detected」にチェックをいれます.これは,回路が過渡状態から定常状態に移行したことを検出するオプションで,出力電圧が一定の電圧に落ち着いた状態になると,自動的に解析を終了します.このオプションを付けることで,電源の効率計算機能が働くようになります.ただし,この定常状態の検出機能は,万全ではなく,検出に失敗して所望の状態ではないときに解析を終了してしまうことがあります.そのため,出力電圧等を表示させて,電圧が安定した状態になるまで解析しているかを確認する必要があります.
さらに,「Don't reset T=0 when steady state is detected」にもチェックを入れてあります.通常,steadyオプションを付けると,定常状態に到達した,直前の時間のシミュレーション結果だけが表示されます.しかし,このオプションにチェックを入れるとシミュレーションの最初からの結果が表示されるようになります.
「Stop simulating if steady state is detected」にチェックを入れる.
●LTspiceの効率計算機能の結果出力
図8は,出力電圧を表示させたものです.LTspiceが定常状態を検出し,解析は116μsecで自動的に終了しています.出力電圧は,80μsec以降は安定した値になっており,定常状態の検出が上手くいっていることが分かります.
解析は116μsecで自動的に終了し,出力電圧は1.79Vで安定している.
図5のように回路図上に効率の計算結果を表示するためには,シミュレーションが終了した後,図9のように回路図ウインドウのメニューから[View][Efficiency Report][Show on Schematic]にチェックを入れます.すると回路図上に効率レポートが表示されます.
[View][Efficiency Report][Show on Schematic]にチェックを入れる.
●外付け定数を変えて効率をシミュレーションする
LTspiceの効率計算機能を使用すると,外付け部品を変えたときの効率の変化を簡単にシミュレーションすることができます.図10は,図5のL1のシリーズ抵抗値を100mΩに変更したものです.L1のシリーズ抵抗値が10mΩから100mΩに変わると,効率が90.9%から86.9%に低下することが分かります.また,各素子の損失を比較するとL1の損失が,10倍に増加していることも分かります.
効率が90.9%から86.9%に低下することがわかる.
以上,今回はLTspiceでスイッチング電源の効率をシミュレーションする方法を解説しました.LTspiceのライブラリ(PowerProducts)には,非常にたくさんのスイッチング電源用ICが登録されています.LTspiceの効率計算機能を使用すると,それらを使用した電源回路の効率を非常に簡単に求めることができます.ぜひ活用してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_034.zip
●データ・ファイル内容
LTC3564.asc:図2の回路
LTC3564_steady.asc:図5の回路
LTC3564_steady_100m.plt:図10の回路
■LTspice関連リンク先
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