シリーズ・レギュレータの基礎



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■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,トランジスタ(Q1),ツェナー・ダイオード(D1),抵抗(R1)で構成した簡単なシリーズ・レギュレータです.IN端子には入力電圧を印加し,OUT端子から一定の電圧を出力します.OUT端子には負荷として抵抗(RL)を接続しています.
 図1のように,入力電圧(V1)を20Vとし,トランジスタ(Q1)のベース・エミッタ電圧(VBE1)を0.4V,電流増幅率(hFE)を65,ツェナー・ダイオード(D1)の電圧(VZ)を12.5V,R1を200Ω,RLが100Ωのとき,ツェナー・ダイオード(D1)に流れる電流は,次の(a)~(d)のうちどれでしょうか.


図1 トランジスタ,ツェナー・ダイオード,抵抗を使ったシリーズ・レギュレータ回路図
出力(OUT)には,負荷抵抗(RL)100Ωを接続している.

(a)35.4mA,(b)35.5mA,(c)35.6mA,(d)35.7mA

■ヒント

 今回は,簡単なシリーズ・レギュレータについて解説します.4択の設問は,ツェナー・ダイオード(D1)に流れる電流値を計算するもので,回路内の電圧と電流の関係より簡単に導くことができます.具体的には,OUT端子の出力電圧(VOUT)を求め,負荷抵抗(RL)に流れる電流(IL)を計算します.この電流はトランジスタ(Q1)のエミッタから供給されるので,電流増幅率(hFE)よりベース電流(IB1)が求まります.抵抗(R1)に流れる電流(IR1)は,ベース電流(IB1)とツェナー・ダイオード(D1)に流れる電流(IZ)の総和ですので,この関係よりツェナー・ダイオードの電流が求まります.

 シリーズ・レギュレータは,直列回路(Series circuit)から名がきており,制御素子を負荷に直列に接続し,OUT端子の電圧を調整します.
 負荷に対し直列にトランジスタが入り,出力電圧を制御します.集積化した電源ICでは,3端子レギュレータなどもあります.シリーズ・レギュレータは,入力の電圧の変動や負荷電流の変動があっても,制御用のトランジスタにより,出力電圧は一定の電圧を負荷に供給します.

■解答


(d)35.7mA

 図1の回路定数より,回路内の電圧と電流を計算します.図1の回路において,OUT端子の出力電圧(VOUT)はツェナー・ダイオードの電圧(VZ)からトランジスタ(Q1)のベースーエミッタ電圧(VBE1)だけ下がった電圧であり,式1となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 負荷抵抗(RL)に流れる電流(IL)は式2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 負荷電流(IL)は,トランジスタ(Q1)のエミッタ電流(IE1)ですので,電流増幅率(hFE)を考慮したとき,コレクタ電流(IC1)は式3となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 トランジスタ(Q1)のベース電流(IB1)は式4となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 抵抗(R1)に流れる電流は,入力電圧(VIN)とツェナー・ダイオードの電圧(VZ)より式5となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 ツェナー・ダイオードに流れる電流(IZ)は,抵抗(R1)に流れる電流(IR1)とベース電流(IB1)より式6となり,解答の(d)となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

■解説

●シリーズ・レギュレータについて
 図2は,シリーズ・レギュレータのブロック図を示します.シリーズ・レギュレータは大きく分けて制御素子,制御回路,基準電圧源の3つのブロックで構成されています.制御素子は出力電圧を調整し,制御回路はOUT端子の電圧を監視し,その電圧が一定となるよう制御します.また,基準電圧源は制御回路へ安定した電圧を供給します.


図2 負荷を接続したシリーズ・レギュレータのブロック図

 図1の回路と図2のブロック図を比較すると,トランジスタ(Q1)が制御素子と制御回路の働きを担い,ツェナー・ダイオード(D1)が基準電圧源となります.図1の回路は,OUT端子の電圧が低下すると,トランジスタ(Q1)のベースーエミッタ電圧が増加し,Q1が更に導通してOUT端子の電圧を上昇させます.反対にOUT端子の電圧が上昇すると,ベースーエミッタ電圧が低下し,Q1の導通が減少することでOUT端子の電圧は低下します.この一連の動作により,OUT端子の電圧は一定となります.抵抗(R1)はツェナー・ダイオード(D1)とトランジスタ(Q1)のベースへ電流を供給する働きです.

●シリーズ・レギュレータをLTspiceで確認する
 図3は,図1をシミュレーションする回路です.DC解析でV1を0V~20V間でスイープします.


図3 図1をシミュレーションする回路
DC解析で,V1を0V~20V間をスイープする.

 図4は,図3のシミュレーション結果で,回路内の電圧と電流を上段と下段に分けてプロットしました.なお,ツェナー・ダイオードの電流は,電流の向きをカソードからアノードとするため,「-1」を乗じています.  電圧のプロットを見るとOUT端子の電圧は,式1で計算した12.1Vです.電流のプロットを見ると負荷電流(IL)は,式2の121mAです.Q1のベース電流(IB1)は式4の1.8mAで,抵抗(R1)に流れる電流(IR1)は式5の37.5mAです.ツェナー・ダイオード(D1)に流れる電流は,式6の35.7mAとなり,シミュレーションと一致していることが分かります.


図4 図3のシミュレーション結果
回路内の電圧と電流をプロット.

●ツェナー・ダイオードに流れる電流を一定にする
 ツェナー・ダイオードのインピーダンスは有限で,電圧は流れる電流とインピーダンスにより変化します.図3の回路は,式5で計算した通り,IN端子の電圧に依存するため一定ではありません.ツェナー・ダイオードの電圧変動は,OUT端子の電圧変動となるため,抵抗(R1)の代わりに,定電流源に置き換えることで対策できます.
 図5は,NチャネルJFET(J1)と抵抗(R1)を使った24mAの定電流源に置き換えたシミュレーション回路です.図3のシミュレーションと同様に,DC解析でV1を0V~20V間をスイープします.


図5 図1のR1を定電流源にした回路
ツェナー・ダイオードの電圧を安定させる.

 図6は,図5のシミュレーション結果です.ツェナー・ダイオードに流れる電流は,定電流になっていることが分かります.なお,NチャネルJFETと抵抗で作る電流源については,過去のメルマガ「LTspice電源&アナログ回路入門 013 ―― NチャネルJFET電流源の出力電流と温度補償」を参考にしてください.


図6 図5のシミュレーション結果
回路内の電圧と電流をプロット.

●温度特性をシミュレーションする
 図5の回路の欠点は,ツェナー・ダイオードの電圧,また,トランジスタのベースーエミッタ電圧は温度特性があり,OUT端子の電圧が温度変化することです.図5において,ツェナー・ダイオード(D1)の温度係数を調べると8.1mV/℃,また,トランジスタ(Q1)のベースーエミッタ電圧は,-2.6mV/℃です.よって,OUT端子の温度係数は式7となり,温度が高くなると出力電圧は10.7mV/℃で変化します.

・・・・・・・・・・・・・・(7)

 図7は,図5の解析コマンドを「.dc TEMP -25 125 1」へ変更し,-25℃~125℃間の温度特性をシミュレーションした結果です.OUT端子の温度係数は,式7の計算と同じであり,温度変化することが分かります.


図7 図5の温度特性(解析コマンドを「.dc TEMP -25 125 1」へ変更) 出力電圧の温度変化が大きい.

●VBEマルチプライヤ回路を使って温度補償する
 式7で示したとおり,ツェナー・ダイオード(D1)とトランジスタ(Q1)の温度特性により,OUT端子の電圧は正の温度係数を持ちます.そこで,図8のQ2,R2,R3で構成するVBEマルチプライヤ回路の負の温度係数で温度補償をします.VBEマルチプライヤ回路は,トランジスタ(Q2)のベースーエミッタ電圧をR2とR3の抵抗比により大きくし,その電圧がコレクターエミッタ電圧(VCE2)になる回路で,式8となります.VBE2を抵抗比で大きくするため,温度係数も同じ比率で大きくなります.


図8 図5を温度補償した回路
VBEマルチプライヤの温度係数を使い,温度補償する.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 図8のOUT端子の電圧は,式9となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 図5と比べると,図8では,式9の右辺第三項が追加されるため,同じOUT端子の電圧付近とするため,ツェナー・ダイオードの電圧(VZ)を小さくし,8.7Vのツェナー・ダイオードとしました.図8のツェナー・ダイオードの温度係数は 5.2mV/℃,VBE1の温度係数は -2.6mV/℃,VBE2の温度係数は-1.6mV/℃となり,温度補償するためのR2/R3は,式10となります.これより「R2=390Ω,R3=100Ω」としました.

・・・・・(10)

●VBEマルチプライヤ回路をLTspiceで確かめる
 図9は,図8の回路で,DC解析を用い,V1を0V~20V間をスイープした結果です.OUT端子の電圧,ツェナー・ダイオードの電圧,A点の電圧をプロットしました.V1が20VでのOUT端子の出力電圧は11.9Vとなります.


図9 図8のDC解析結果
回路内の電圧をプロット.

 図10は,図8の解析コマンドを「.dc TEMP -25 125 1」へ変更し,-25℃~125℃間の温度特性をシミュレーションした結果です. OUT端子の温度変化と,式9の右辺第一項,第二項,第三項に相当するVZの温度変化,VBE1の温度変化,VCE2(VBEマルチプライヤ)の温度変化をプロットしています.式10の各項の計算値と図10の結果は同じであり,OUT端子は温度補償され,OUT端子は温度による変化が小さくなっています.


図10 図8の温度特性(解析コマンドを「.dc TEMP -25 125 1」へ変更)
温度による出力電圧の変化は小さくなる.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_033.zip

●データ・ファイル内容
Basic_series regulator_1.asc:図3の回路
Basic_series regulator_2.asc:図5の回路
Basic_series regulator_3.asc:図8の回路

■LTspice関連リンク先


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