バイポーラ・トランジスタとMOSFET
図1の回路1~回路4は,バイポーラ・トランジスタとMOSFETを使用した昇圧スイッチング電源の回路です.使用しているバイポーラ・トランジスタは,ローム社のNPNトランジスタ2SCR554Pです.また,MOSFEもローム社のNch MOSFEのRSQ015N06です.V2は,周波数100kHz,振幅5Vの矩形波でオン・デューティ比(D)が75%となっています.そのため,回路が正常に動作すれば,出力電圧は入力電圧V1の約4倍の20V弱となります.
そこで,回路1~回路4の中で正常に動作し,所望の動作をする回路が2つあります.その回路の組み合わせは(A)~(D)のどれでしょうか.
回路1~回路4の中で正常に動作し,所望の動作をするものは?
RSQ015N06の仕様:VGS(th)=1V~2.5V,Ciss=110pF,Coss=28pF,ターンオフ遅延時間=15ns,最大定格:VDSS=60V,ID=1.5A
図1ではスイッチとしてバイポーラ・トランジスタとMOSFETを使用しています.それぞれの素子がスイッチとして使用したときに,どのような特性となるかを考えれば答えが分かります.
また,昇圧スイッチング電源の動作に関しては「LTspice電源&アナログ回路入門 018 ―― 昇圧スイッチング電源の基礎」で解説しています.
MOSFETとは,ドレイン,ゲート,ソースの3つの端子を持つ半導体素子で,Metal-OxIDe-Semiconductor Field-Effect Transistorの頭文字をとったものです.MOSトランジスタと呼ぶこともあります.
回路1は,Q1のベースに直接5Vが印加されています.このような使い方をするとトランジスタを破壊してしまいますので,答えは(A)と(B)ではなく,(C)か(D)のどちらかです.
回路2は,抵抗を介してQ1のベースに5Vが印加されているため,Q1はスイッチとして動作します.しかし,バイポーラ・トランジスタはベース電流が0になっても少しの時間,コレクタ電流が流れ続けるという性質があるため,スイッチとしてのオン・デューティ比が75%よりも大きくなってしまいます.そのため,出力電圧が想定よりも高くなってしまいます.
回路3と回路4は,M1がV2の電圧に合わせてスイッチとして動作し,スイッチとしてのオン・デューティ比はほぼ75%となります.そのため,回路3と回路4は,出力電圧が20V弱となり,所望の動作をすることになります.したがって,正解は(D)ということになります.
●バイポーラ・トランジスタのスイッチ特性
バイポーラ・トランジスタは,ベース電流によってコレクタ電流をコントロールすることができます.コレクタ電圧が十分高いときは,ベース電流のhFE倍のコレクタ電流が流れます.コレクタ電圧が小さくなると,hFEが小さくなるため,バイポーラ・トランジスタをスイッチとして使用する場合は,流したいコレクタ電流(IC)の1/20~1/10のベース電流を流すようにします.また,ベース電流は,ベースに印加した電圧に対して,指数関数的に増加します.そのため,ベースには必ず電流制限抵抗が必要になります.その抵抗値は式1のように設定します.
・・・・・(1)
バイポーラ・トランジスタをスイッチとして高速にON/OFFさせたいときは注意が必要です.バイポーラ・トランジスタは,ベース電流を0にしても,少しの時間コレクタ電流が流れ続けるという性質があり,OFFするのに時間がかかるためです.
図2は,バイポーラ・トランジスタのスイッチとしての特性をシミュレーションするための回路です.V2は,スイッチをコントロールするための信号源で,PWL記述により,振幅5Vで10μsのパルス波を作っています.バイポーラ・トランジスタを高速にOFFさせるために,ベース電流を0にするだけでなく,マイナスのベース電流を流すこともあります.そのため,図2ではVmという変数を「.stepコマンド」で0と-5に変化させ,OFF時にマイナスのベース電流を流すモードもシミュレーションできるようにしています.
Vmという変数を使い,OFF時にマイナスのベース電流を流すモードもシミュレーションする.
図3は,図2のシミュレーション結果です.下段がV2の電圧で,上段にQ1のコレクタ電流をプロットしています.Q1のコレクタ電流は,V2の変化に対してOFFするのに遅延が発生しています.10μs後にV2を0Vにした場合の遅延時間は1570nsで,V2を-5Vにした場合が480nsとなっています.この遅延時間は,トランジスタの仕様書に記載されている場合もあります.2SCR554Pの場合,600nsとなっており,測定条件は図2とは異なりますが,OFFさせるときにマイナスのベース電流を流した場合の値です.
V2を0Vにした場合の遅延時間は1570nsで,V2を-5Vにした場合は480nsとなる.
●MOSFETのスイッチ特性
MOSFETは,ゲート電圧によってドレイン電流をコントロールすることができます.ベース電流を流す必要のあるバイポーラ・トランジスタと異なり,ゲートには電流が流れません.そのため,ゲートに電流制限抵抗を挿入する必要はありません.また,スイッチとして使用した場合,バイポーラ・トランジスタのようにOFFするのに時間がかかる,という現象も発生しません.
図1の回路4ではゲートに必要のない抵抗(R1)が挿入されています.この抵抗値が大きいと,ゲート入力容量を充放電するのに時間がかかり,駆動電圧とスイッチ動作のタイミングがずれてしまいます.ただし,回路4の定数は抵抗が100Ωで入力容量が110pFのため,時定数は11nsとなり,今回の用途では影響はありません.
図4は,MOSFETのスイッチ特性をシミュレーションするための回路です.ゲートに挿入されている抵抗(R1)の値を「.stepコマンド」で切り換え,1μΩ(ショート),100Ω,10kΩの三種類でシミュレーションします.
R1の値を1μΩ(ショート),100Ω,10kΩの3種類でシミュレーションする.
図5は,図4のシミュレーション結果です.R1が1μΩ(ショート)および100Ωのときは,ドレイン電流はV2の電圧にほぼ同期していますが,R1が10kΩのときは遅延が発生しているのが分かります.
R1が1μΩおよび100Ωのときは遅延はほとんどないが,10kΩのときは遅延が大きい.
●バイポーラ・トランジスタを使用した昇圧回路のシミュレーション
図6は,バイポーラ・トランジスタを使用した,回路2の昇圧スイッチング電源をシミュレーションするための回路です.V2は周波数100kHz,振幅5V,オン・デューティ比(D)が75%のパルス電源です.
V2は周波数100kHz,振幅5V,オン・デューティ比(D)が75%のパルス電源.
図7は,図6のシミュレーション結果です.シミュレーション結果の29.95ms~30msの部分のみ表示しています.下段がQ1のコレクタ電流ですが,オン・デューティ比は約84%になっています.そのため,上段の出力電圧は約30Vと設計値よりも大きな値となっています.このように,固定デューティ比の場合は,バイポーラ・トランジスタの遅延時間により,出力電圧が想定外のものになってしまいます.ただし,出力電圧をフィードバックしてデューティ比を可変するシステムとなっている場合は,遅延時間も含めてコントロールされるため,問題とはなりません.
コレクタ電流のオン・デューティ比は約84%で出力電圧は30Vとなっている.
●MOSFETを使用した昇圧回路のシミュレーション
図8は,MOSFETを使用した,回路3と回路4の昇圧スイッチング電源をシミュレーションするための回路です.抵抗R1の値は「.stepコマンド」で1μΩ(ショート)および100Ωの二通りの値でシミュレーションを行います.
抵抗R1の抵抗値は.stepコマンドで1μΩ(ショート)および100Ωとする.
図9は,図8のシミュレーション結果です.シミュレーション結果の9.95ms~10msの部分のみ表示しています.R1の値による差はごく僅かです.下段がM1のドレイン電流で,オン・デューティ比はV2と同じ75%となっています.上段の出力電圧も設計値と同じ20V弱となっています.
ドレイン電流のオン・デューティ比は75%で,出力電圧は設計値と同じ20V弱となっている.
以上,バイポーラ・トランジスタとMOSFETを使用したスイッチング電源を紹介しました.現在,スイッチング電源のスイッチ素子としてはMOSFETを使用することが主流となっています.MOSFETがスイッチ素子として非常に優れているためです.特に,スイッチング周波数が高い場合は,バイポーラ・トランジスタでは遅延時間の影響が大きく,正常に動作させることが難しくなります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_028.zip
●データ・ファイル内容
BJT_pulse.asc:図2の回路
MOS_pulse.asc:図4の回路
Step_up_BJT_100.asc:図6の回路
Step_up_MOS_100.asc:図8の回路
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