高精度な基準電圧源の出力電圧誤差と補正



『LTspice Users Club』のWebサイトはこちら

■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,ブロコウ・セルと呼ばれる基準電圧源で,Q1a,Q1b,Q2のベース電圧(Vref)をR4とR5の抵抗比で調整し,任意の出力電圧とする回路です.図1において,Q1a,Q1bへ流れる電流の総和を11.9μA,Q2へ流れる電流を11.7μAとします.また,トランジスタ(Q1a,Q1b,Q2)の電流増幅率(hFE)を205としたとき,ベース電流による出力電圧の誤差は,次の(a)~(d)のうちどれでしょうか?


図1 ブロコウ・セルと呼ばれる基準電圧源
Q1a,Q1b,Q2のベース電流により,出力電圧に誤差が生じる.

(a)0.2mV,(b)3.0mV,(c)5.4mV,(d)8.6mV

■ヒント

 今回は,基準電圧源(ブロコウ・セル)のベース電流による出力電圧誤差と補正について解説します.図1において,Q1a,Q1b,Q2のベース電流を無視し,Vrefの値を用いてOUT端子の出力電圧を計算すると「VOUT=(1+R4/R5)Vref=3.001V」となります.しかし,実際のトランジスタには,有限の電流増幅率(hFE)があり,Q1a,Q1b,Q2のベース電流により,先程の計算からOUT端子の出力電圧に誤差が生じます.
 R1へΔVBEを発生させるトランジスタ(Q1a,Q1b,Q2)は,電流増幅率(hFE)が205の性能であり,各々のベース電流が求まります.これらのベース電流は,回路図中のいずれかの抵抗に流れ,出力電圧誤差となります.

 基準電圧源の計算は,トランジスタのベース電流が小さいことから無視をした式が一般的です.しかし,高精度の基準電圧源とするときは,ベース電流による出力電圧誤差を抑える工夫が必要です.今回の問題では,ベース電流による出力電圧誤差を調べています.また,その出力電圧誤差を補正する方法についても解説します.

■解答


(d) 8.6mV

 Q1a,Q1b,Q2のベース電流を,IB1a,IB1b,IB2とすれば,NPNトランジスタであることから,ベース端子へ電流が流れ込みます.流れ込む3つのベース電流の総和(IB1a+IB1b+IB2)は,抵抗(R4)に流れ,その電圧降下が出力電圧誤差となります.Q1aとQ1bのコレクタ電流は,11.9μAが半分ずつ分流します.また,Q2の電流は,11.7μAなので「IB1a=IB1b=5.95μA/205=29nA」,「IB2=11.7μA/205=57nA」となります.よって,式1のように,ベース電流による出力電圧の誤差は8.6mVとなり,出力電圧は3.0088Vとなります.

・・・・・・・・・・(1)

■解説

●ブロコウ・セルの出力電圧誤差ついて
 ブロコウ・セルの出力電圧や,その温度補償方法については,図2(a)の回路を使って「LTspice電源&アナログ回路入門 021 ―― ブロコウ・セル 基準電圧源の温度補償」で詳しく計算しました.そのときの計算はトランジスタの電流増幅率(hFE)を無視し,出力電圧は式2となりました.今回のブロコウ・セルは,図2(a)のOPアンプ(U1)と抵抗(R6,R7)を,図2(b)のようにトランジスタ(Q3,Q4,Q5)に置き換えた回路で解説します.Q3,Q4,Q5は,Q1,Q2のコレクタ電流が等しくなるように働き,図2(a)図2(b)は同等な回路となります.よって,図2(b)のベース電流を無視した出力電圧も式2となります.

図2 ブロコウ・セルの回路(a)と(b)
(a) 回路内にOPアンプを使った回路
(b) (a)のOPアンプと抵抗をトランジスタに置き換えた回路


・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 図2(a)図2(b)の両方にいえることですが,トランジスタの電流増幅率(hFE)は有限であり,実際の回路では赤の破線の向きでベース電流が流れます.この電流は,R4を通るため出力電圧に誤差を生じます.この誤差を含んだブロコウ・セルの出力電圧は式3となります.右辺のベース電流とR4の電圧降下が誤差となって出力に現れます.

・・・・・・(3)

●出力電圧の誤差をLTspiceで確かめる
 図3は,図1のブロコウ・セルにQ6,D1,D2,R6からなるスタートアップ回路を追加し,出力電圧の温度特性をシミュレーションする回路です.


図3 図1をシミュレーションする回路
スタートアップ回路を追加している.

 図4図3のシミュレーション結果で,出力電圧とVrefの電圧をプロットし,27℃での値を示しました.Vrefが1.1558Vより,R4とR5の抵抗比を使って出力電圧を計算すると「(1+R4/R5)Vref =3.0002V」となります.しかし,図4の出力電圧は3.0088Vであり,8.6mVの誤差を生じています.


図4 図3の出力電圧と,Vrefの電圧をプロット

 図5も,図3のシミュレーションで,3つのベース電流の総和(IB1a+IB1b+IB2)と,抵抗R4,R5に流れる電流の差をプロットし,27℃の温度での値を示しました.グラフが重なっていることから,3つのベース電流の総和はR4に流れ,その電流値は115nAです.この3つのベース電流の総和と抵抗R4の電圧降下が出力電圧の誤差の原因であり,解答の式1となります.


図5 図3のQ1a,Q1b,Q2のベース電流の総和と,R4に流れる電流をプロット
ベース電流の総和はR4に流れ,この電圧降下が出力電圧誤差の原因.

●ベース電流による出力電圧誤差を補正する
 ブロコウ・セルのベース電流による出力電圧誤差を補正するには,次の2つの方法(1)と(2)があります.

(1)R4とR5の抵抗比を変えずに,抵抗の絶対値を小さくし,誤差の原因であるベース電流によるR4の電圧降下を小さくする.
(2)ベース電流によるR4の電圧降下分だけ,基準電圧源のVrefを補正する.

 (1)は,簡単な方法ですが,欠点としてR4とR5の抵抗値が小さくなるため,Q5から流れる電流が多くなり,消費電流の増大に繋がります.ここでは,(2)の方法について解説します.(2)の具体的な対策は,図6のように,Q1とQ2のベース端子間に抵抗R3を追加し,Q1のベース電流とR3の電圧降下を使って,Vrefを補正します. 具体的には,図6の出力電圧を計算し,それがベース電流を無視したときの出力電圧の式2と同じになるR3を求めます.


図6 ベース電流による出力電圧誤差を補正する回路
R3を追加し,Vrefを調整する.

 図6より,抵抗(R1)の両端にかかる電圧ΔVBEは式4となります.Q1のベース電流と抵抗(R3)の電圧降下分だけ小さくなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4を使って抵抗(R1)に流れる電流を求めると,式5となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 抵抗(R2)の電圧降下は,Q1とQ2に流れる電流とR2の積ですので,式6となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 Q2のベース端子の電圧がVrefであり,式6を使って表すと式7となり,R3を追加することによって小さくなります.

・・・・・・・・・・・・・(7)

 図6のR3を追加した出力電圧をVOUT’とすると,式7と,Q1,Q2のベース電流によるR4の電圧降下より,式8となります.

・・・・・(8)

 式8のR3を追加したときの出力電圧(VOUT’)を,式2の出力電圧VOUTと等しくするR3を求めるには「VOUT’=VOUT」とおいて整理すると式9となります.

・・・・・・・・・・・・(9)

 具体的なR3の抵抗値を計算します.Q1,Q2のトランジスタは同じで,その電流増幅率hFEが等しいとすれば「IB1=IB2」です.また,図1の抵抗値を使うと,ベース電流による出力電圧の誤差を補正する抵抗R3は,式10となります.

・・・・・・(10)

 以上より,図1の回路のベース電流による出力電圧の誤差を補正するには,図6のようにR3を追加し,その値を1.7kΩにします.

●ベース電流による出力電圧誤差を補正した回路の特性を確かめる
 図7は,ベース電流による出力電圧誤差の補正を確かめるシミュレーション回路です.補正の効果を調べるため「.stepコマンド」でR3の値を入れ替えます.シミュレーションでは抵抗値を0Ωにできないため,0.1Ωと1.7kΩの2種類としました.


図7 ベース電流による出力電圧誤差の補正を確かめる回路
R3を0.1Ωと,1.7kΩの2種類でシミュレーションする.

 図8は,図7のシミュレーション結果です.出力電圧をプロットし27℃での値を示しました.R3が0.1Ωのときは,ベース電流による出力電圧の誤差があり,3.0088Vです.一方,式10で求めた1.7kΩとすると,ベース電流による出力電圧の誤差は補正され,3.0001Vとなり,解答の式1で求めた誤差を補正していることがわかります.


図8 図7のシミュレーション結果
「R3=1.7kΩ」で出力電圧誤差は補正されている.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_023.zip

●データ・ファイル内容
Brokaw_Cell.asc:図3の回路
Brokaw_Cell_with_IB_Error_Correction.asc:図7の回路

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報



別冊CQ ham radio QEX Japan No.53

巻頭企画 ハムのArduino活用の勧め

CQ ham radio 2024年12月号

アマチュア無線(再)開局お役立ち情報

CQゼミシリーズ

藤原進之介監修 テスト形式で総まとめ 情報Ⅰ標準問題集

トランジスタ技術 2024年12月号

世界AI ChatGPT電子回路

Design Wave Advance シリーズ

Arm Cortex-M23/M33プロセッサ・システム開発ガイド

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ