高精度な基準電圧源の出力電圧誤差と補正
図1は,ブロコウ・セルと呼ばれる基準電圧源で,Q1a,Q1b,Q2のベース電圧(Vref)をR4とR5の抵抗比で調整し,任意の出力電圧とする回路です.図1において,Q1a,Q1bへ流れる電流の総和を11.9μA,Q2へ流れる電流を11.7μAとします.また,トランジスタ(Q1a,Q1b,Q2)の電流増幅率(hFE)を205としたとき,ベース電流による出力電圧の誤差は,次の(a)~(d)のうちどれでしょうか?
Q1a,Q1b,Q2のベース電流により,出力電圧に誤差が生じる.
今回は,基準電圧源(ブロコウ・セル)のベース電流による出力電圧誤差と補正について解説します.図1において,Q1a,Q1b,Q2のベース電流を無視し,Vrefの値を用いてOUT端子の出力電圧を計算すると「VOUT=(1+R4/R5)Vref=3.001V」となります.しかし,実際のトランジスタには,有限の電流増幅率(hFE)があり,Q1a,Q1b,Q2のベース電流により,先程の計算からOUT端子の出力電圧に誤差が生じます.
R1へΔVBEを発生させるトランジスタ(Q1a,Q1b,Q2)は,電流増幅率(hFE)が205の性能であり,各々のベース電流が求まります.これらのベース電流は,回路図中のいずれかの抵抗に流れ,出力電圧誤差となります.
Q1a,Q1b,Q2のベース電流を,IB1a,IB1b,IB2とすれば,NPNトランジスタであることから,ベース端子へ電流が流れ込みます.流れ込む3つのベース電流の総和(IB1a+IB1b+IB2)は,抵抗(R4)に流れ,その電圧降下が出力電圧誤差となります.Q1aとQ1bのコレクタ電流は,11.9μAが半分ずつ分流します.また,Q2の電流は,11.7μAなので「IB1a=IB1b=5.95μA/205=29nA」,「IB2=11.7μA/205=57nA」となります.よって,式1のように,ベース電流による出力電圧の誤差は8.6mVとなり,出力電圧は3.0088Vとなります.
・・・・・・・・・・(1)
●ブロコウ・セルの出力電圧誤差ついて
ブロコウ・セルの出力電圧や,その温度補償方法については,図2(a)の回路を使って「LTspice電源&アナログ回路入門 021 ―― ブロコウ・セル 基準電圧源の温度補償」で詳しく計算しました.そのときの計算はトランジスタの電流増幅率(hFE)を無視し,出力電圧は式2となりました.今回のブロコウ・セルは,図2(a)のOPアンプ(U1)と抵抗(R6,R7)を,図2(b)のようにトランジスタ(Q3,Q4,Q5)に置き換えた回路で解説します.Q3,Q4,Q5は,Q1,Q2のコレクタ電流が等しくなるように働き,図2(a)と図2(b)は同等な回路となります.よって,図2(b)のベース電流を無視した出力電圧も式2となります.
(a) 回路内にOPアンプを使った回路
(b) (a)のOPアンプと抵抗をトランジスタに置き換えた回路
・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図2(a)と図2(b)の両方にいえることですが,トランジスタの電流増幅率(hFE)は有限であり,実際の回路では赤の破線の向きでベース電流が流れます.この電流は,R4を通るため出力電圧に誤差を生じます.この誤差を含んだブロコウ・セルの出力電圧は式3となります.右辺のベース電流とR4の電圧降下が誤差となって出力に現れます.
・・・・・・(3)
●出力電圧の誤差をLTspiceで確かめる
図3は,図1のブロコウ・セルにQ6,D1,D2,R6からなるスタートアップ回路を追加し,出力電圧の温度特性をシミュレーションする回路です.
スタートアップ回路を追加している.
図4が図3のシミュレーション結果で,出力電圧とVrefの電圧をプロットし,27℃での値を示しました.Vrefが1.1558Vより,R4とR5の抵抗比を使って出力電圧を計算すると「(1+R4/R5)Vref =3.0002V」となります.しかし,図4の出力電圧は3.0088Vであり,8.6mVの誤差を生じています.
図5も,図3のシミュレーションで,3つのベース電流の総和(IB1a+IB1b+IB2)と,抵抗R4,R5に流れる電流の差をプロットし,27℃の温度での値を示しました.グラフが重なっていることから,3つのベース電流の総和はR4に流れ,その電流値は115nAです.この3つのベース電流の総和と抵抗R4の電圧降下が出力電圧の誤差の原因であり,解答の式1となります.
ベース電流の総和はR4に流れ,この電圧降下が出力電圧誤差の原因.
●ベース電流による出力電圧誤差を補正する
ブロコウ・セルのベース電流による出力電圧誤差を補正するには,次の2つの方法(1)と(2)があります.
(2)ベース電流によるR4の電圧降下分だけ,基準電圧源のVrefを補正する.
(1)は,簡単な方法ですが,欠点としてR4とR5の抵抗値が小さくなるため,Q5から流れる電流が多くなり,消費電流の増大に繋がります.ここでは,(2)の方法について解説します.(2)の具体的な対策は,図6のように,Q1とQ2のベース端子間に抵抗R3を追加し,Q1のベース電流とR3の電圧降下を使って,Vrefを補正します. 具体的には,図6の出力電圧を計算し,それがベース電流を無視したときの出力電圧の式2と同じになるR3を求めます.
R3を追加し,Vrefを調整する.
図6より,抵抗(R1)の両端にかかる電圧ΔVBEは式4となります.Q1のベース電流と抵抗(R3)の電圧降下分だけ小さくなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4を使って抵抗(R1)に流れる電流を求めると,式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
抵抗(R2)の電圧降下は,Q1とQ2に流れる電流とR2の積ですので,式6となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
Q2のベース端子の電圧がVrefであり,式6を使って表すと式7となり,R3を追加することによって小さくなります.
・・・・・・・・・・・・・(7)
図6のR3を追加した出力電圧をVOUT’とすると,式7と,Q1,Q2のベース電流によるR4の電圧降下より,式8となります.
・・・・・(8)
式8のR3を追加したときの出力電圧(VOUT’)を,式2の出力電圧VOUTと等しくするR3を求めるには「VOUT’=VOUT」とおいて整理すると式9となります.
・・・・・・・・・・・・(9)
具体的なR3の抵抗値を計算します.Q1,Q2のトランジスタは同じで,その電流増幅率hFEが等しいとすれば「IB1=IB2」です.また,図1の抵抗値を使うと,ベース電流による出力電圧の誤差を補正する抵抗R3は,式10となります.
・・・・・・(10)
以上より,図1の回路のベース電流による出力電圧の誤差を補正するには,図6のようにR3を追加し,その値を1.7kΩにします.
●ベース電流による出力電圧誤差を補正した回路の特性を確かめる
図7は,ベース電流による出力電圧誤差の補正を確かめるシミュレーション回路です.補正の効果を調べるため「.stepコマンド」でR3の値を入れ替えます.シミュレーションでは抵抗値を0Ωにできないため,0.1Ωと1.7kΩの2種類としました.
R3を0.1Ωと,1.7kΩの2種類でシミュレーションする.
図8は,図7のシミュレーション結果です.出力電圧をプロットし27℃での値を示しました.R3が0.1Ωのときは,ベース電流による出力電圧の誤差があり,3.0088Vです.一方,式10で求めた1.7kΩとすると,ベース電流による出力電圧の誤差は補正され,3.0001Vとなり,解答の式1で求めた誤差を補正していることがわかります.
「R3=1.7kΩ」で出力電圧誤差は補正されている.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_023.zip
●データ・ファイル内容
Brokaw_Cell.asc:図3の回路
Brokaw_Cell_with_IB_Error_Correction.asc:図7の回路
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