昇降圧スイッチング電源の基礎
図1は,4本の乾電池を使用した,出力電圧5Vのスイッチング電源を簡略化した回路図です.それぞれの回路はコイル(L1)とスイッチ(SW1,SW2)およびダイオード(D1,D2),コンデンサ(C1)で構成されており,50Ωの負荷抵抗(RL)が接続されています.スイッチ(SW1,SW2)は周波数100kHzでON/OFFを繰り返すようになっています.乾電池の電圧は1本あたり1V~1.6Vまで変動し,4本直列にした電圧は4V~6.4Vまで変動するものとします.この入力電圧の変化に対し,スイッチ(SW1,SW2)のオン・デューティ比をコントロールすることで,出力電圧が常に5Vになるように制御します.
入力電圧が4V~6.4Vまで変動しても出力電圧が5Vになるように制御できるのは,(A)~(D)のどれでしょう?
オン・デューティ比をコントロールして,常に出力電圧を5Vにできる回路は?
図1の4種類の回路は,昇降圧スイッチング電源,昇圧スイッチング電源,降圧スイッチング電源,反転スイッチング電源です.入力電圧が4V~6.4Vまで変動しても出力電圧を5Vにできるのは 昇降圧スイッチング電源だけです.回路1~4のどれが 昇降圧スイッチング電源なのかを考えれば,答えが分かります.
回路1は昇圧スイッチング電源,回路2は降圧スイッチング電源,回路3は反転スイッチング電源で,回路4が昇降圧スイッチング電源です.回路4は回路2の降圧スイッチング電源と回路1の昇圧スイッチング電源を組み合わせた回路となっており,入力電圧が5Vよりも高くても低くても出力電圧を5Vとすることができます.そのため正解は(D)ということになります.
●スイッチを別々に制御する方法
回路4の昇降圧スイッチング電源は,SW1とSW2を同時にON/OFFさせる使い方と,別々に制御する使い方ができます.SW1とSW2を別々に制御する方法では,SW1を常にONさせてSW2をON/OFFさせると,図2のように回路1の昇圧スイッチング電源と同等の回路になります.D1は常に逆バイアスとなり,動作には関与しません.昇圧スイッチング電源の動作の詳細は「LTspice 電源&アナログ回路入門 018 ―― 昇圧スイッチング電源の基礎」を参照してください.
回路1の昇圧スイッチング電源と同等の回路になる.
また,SW2を常にOFFとして,SW1をON/OFFさせると,図3,回路2の降圧スイッチング電源と同等の回路になります.回路2と比べると,コイルと直列にダイオード(D2)が接続されているため,同じオン・デューティ比でもD2の電圧降下だけ出力電圧が低くなります.しかし,基本的な動作は同じです.降圧スイッチング電源の詳細は「LTspice電源&アナログ回路入門 016 ―― 降圧スイッチング電源の基礎」を参照してください.
回路2の降圧スイッチング電源と同等の回路になる.
●スイッチを同時に制御する方法
次に,回路4でSW1とSW2を同時にON/OFFさせたときの動作のシミュレーション結果を使って解説します.図4は,回路4をシミュレーションする回路です.スイッチ(S1,S2)はLTspiceの電圧制御スイッチを使用して,オン抵抗1mΩ,オフ抵抗10MΩとしています.このスイッチをコントロールする電源(V2)は,変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしたパルス電源です.図4では,オン・デューティ比を50%(D=0.5)としています.
スイッチ(S1,S2)は信号(CK1)により同時にON/OFFする.
図5は図4のシミュレーション結果です.コイルの電流はスイッチONで増加し,OFFで減少しています.
コイルの電流はスイッチONで増加し,OFFで減少する.
●スイッチがONしたときのコイルの電流
図6は,スイッチがONしたときの等価回路です.スイッチがONすると,コイルの電流はそれまでに流れていた電流(IS)を初期値として増加を始めます.コイルのインダクタンスをLとするとその増加電流は時間に比例し,コイルの電流は式1で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
スイッチがONしている時間をT1秒とすると,電流の増加量(ID)は式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
なお,スイッチがONしているときは,D2は逆バイアスとなるため,C1の電荷を放電してしまうことはありません.そしてスイッチがOFFしたときに,コイルの電流はD2を介して流れることになります.
コイルに流れる電流は時間に比例して増加する.
●スイッチがOFFしたときのコイルの電流
スイッチがOFFしたときの等価回路は,図7になります.コイルにはそれまでに流れていた電流を流し続けようとする性質があるため,スイッチがOFFした場合はショットキー・ダイオード(D1,D2)を介して電流が流れます.そしてコイル(L1)の電流は時間とともに減少していきます.コイル(L1)の電流はショットキー・ダイオードの電圧を無視すると式3で表すことができます.
コイルに蓄えられた電流はD1,D2を経由して流れる.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
OFFしている時間(T2)の間に減少する電流値(Id)は式4で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
コイルの増加電流IDと減少電流Idは等しいため,式5が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式5をVoutについて解くと式6になります.オン・デューティ比をDとすると「D=T1/(T1+T2)」なので,式6はDを使用して,式7のように表すこともできます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
実際はショットキー・ダイオード(D1,D2)による電圧降下があるため,出力電圧は,式7で計算した値よりも低くなります.
●オン・デューティ比を変化させたときの出力電圧
図8は,オン・デューティ比を変えたときの出力電圧をシミュレーションする回路です.V1の電圧値をVinという変数にして「.stepコマンド」で4Vと6.4Vに変化させます.さらに,デューティ比を決めている変数Dの値を0.2~0.6まで0.05ステップで変化させています.そして「.measコマンド」で10msec後の出力電圧を取り出しています.
「.stepコマンド」でVinを4Vと6.4Vに,Dの値を0.2から0.6まで変化させる.
図9は図8のシミュレーション結果です.出力電圧のトランジェント波形を表示しています.このグラフではオン・デューティ比と出力電圧の関係がわかり難いので「.meas」の結果をグラフにします.
このグラフではオン・デューティ比と出力電圧の関係がわかり難い.
図8の回路図ウィンドウをアクティブにした状態で「CTRL+L」を押してエラーログを開きます.次にそのエラーログの画面でマウスの右クリックし,現れたメニューから[Plot .step'ed .meas data]を選択し,グラフを書かせます.図10がこのようにして作成したグラフです.
出力電圧を5Vにするデューティ比は0.457と0.584.
図10を見ると,Vinが4Vのときはデューティ比を0.584とすると出力電圧が5Vとなり,Vinが6.4Vのときはデューティ比を0.457とすると出力電圧を5Vにできることが分かります.
このように,回路4は入力電圧が4Vから6.4Vまで変化しても,出力電圧を一定の5Vにすることができます.そのため,今回の問題の正解は(D)の回路4ということになります.実際の回路では出力電圧を検出して,フィードバック回路により自動的にデューティ比をコントロールします.
最後に回路1から回路4のスイッチング電源の種類と,それぞれの電源の,スイッチのオン・デューティ比(D)と出力電圧の関係式を一覧表(表1)にして示します(ダイオードの電圧降下等の影響は含まれていません).
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_022.zip
●データ・ファイル内容
Step_updown.asc:図4の回路
Step_updown_stepD.asc:図8の回路
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