反転スイッチング電源の基礎




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■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,コイル(L1)とスイッチ(SW1),ダイオード(D1)で構成した反転スイッチング電源を使用し,5V単一電源から±5Vを作る正負電源です.この回路に供給される電源(V1)の電圧は5Vで,スイッチ(SW1)は周波数100kHzでON/OFFを繰り返しています.RL1とRL2の負荷抵抗は,それぞれ20Ωとなっています.
 この回路で,反転スイッチング電源の出力電圧(Vee)を-5Vとするには,SW1のオン・デューティ比として,最も適切なのは,(A)~(D)のどれでしょうか.ただし,スイッチのオン抵抗は十分小さく,ダイオード(D1)の順方向電圧も無視できるものとし,反転スイッチング電源は電流連続モードで動作しているものとします.


図1 反転スイッチング電源を利用した正負電源
Veeが-5VとなるSW1のオン・デューティ比は何パーセント?

(A)100% (B)75% (C)50% (D)25%

■ヒント

 反転スイッチング電源では,スイッチがONしているときに電源からコイルに電流が流れ,その電流は時間とともに増加します.この電流が増加する傾きは,供給電圧に比例します.また,スイッチがOFFしたときは,ダイオードD1を介して電流が流れ,コイルの電流は時間とともに減少します.この電流が減少する傾きは,出力電圧の絶対値に比例します.スイッチがONしているときに増加する電流値と,スイッチがOFFしているときに減少する電流値が同じであることを考えれば,答えが分かります.

 反転スイッチング電源とは,入力電圧を負電圧に変換するために使われる電源です.図1において,スイッチ(SW1)は,コイルに電流を蓄えるために使用されます.また,D1は,SW1がOFFのとき,出力端子からの電流をコイルに流す働きをします.ここでは,順方向電圧の小さなショットキー・ダイオード(1N5817)を使用しています.出力端子に接続されたコンデンサ(C1)は,出力電圧を平滑するために使用します.

■解答


(C)50%

 図1で使用している反転スイッチング電源が電流連続モードで動作しているとき,出力電圧の絶対値は,供給電圧にスイッチがONしている時間とOFFしている時間の比を掛けたものになります.図1では供給電圧が5Vで出力電圧が-5VなのでスイッチがONしている時間と,OFFしている時間を等しくすればよいことになります.このときのオン・デューディ比は50%です.そのため正解は(C)ということになります.

■解説

●反転スイッチング電源のシミュレーション
 反転スイッチング電源がどのように動作しているのか,コイル電流波形のシミュレーション結果を使って解説していきます.図2は,図1の回路をシミュレーションする回路です.スイッチ(S1)はLTspiceの電圧制御スイッチを使用して,オン抵抗1mΩ,オフ抵抗10MΩとしています.このスイッチをコントロールするための電源V2は,変数Dの値でデューティ比を変えることができるパルス電源です.図2で変数は「D=0.5」として,オン・デューティ比は50%としています.


図2 図1の反転スイッチング電源をシミュレーションするための回路
変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしてある.

 図3は,図2のシミュレーション結果で負荷電流とコイル電流を表示しています.シミュレーションの最後の25μsec部分だけを表示しています.コイルには常に電流が流れており,スイッチがONするとコイルの電流が増加し,OFFすると減少していきます.RLにはGNDからVee端子の方向に電流が流れるため,電流値はマイナスの値となっています.そして,このときの出力電圧は-4.6Vと目標値の-5Vに近い値となっています.


図3 オン・デューティが50%の負荷電流およびコイル電流
コイルの電流はスイッチONで増加し,スイッチOFFで減少する.

●スイッチがONしたときのコイルの電流
 図4は,スイッチがONしたときの等価回路です.スイッチがONすると,コイルの電流はそれまで流れていた電流を(IS)を初期値として増加を始めます.コイルのインダクタンスをLとするとその増加電流は時間に比例し,コイルの電流は式1で表すことができます.


図4 スイッチがONしているときの等価回路
コイルに流れる電流は時間に比例して増加する.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 スイッチがONしている時間をT1秒とすると,電流の増加量(ID)は式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 なお,スイッチがONしているときは,D1は逆バイアスとなるため,C1の電荷を放電してしまうことはありません.そして,スイッチがOFFしたときに,コイルの電流はD1を介して流れることになります.

●スイッチがOFFしたときのコイルの電流
 スイッチがOFFしたときの等価回路は図5になります.コイルにはそれまで流れていた電流を流し続けようとする性質があるため,スイッチがOFFした場合はショットキーダイオード(D1)を介して電流が下向きに流れます.そのときVeeの電圧はGNDよりも低い電圧になります.そして,コイル(L1)の電流は時間とともに減少していきます.コイル(L1)の電流はショットキー・ダイオードの電圧を無視すると式3で表すことができます.


図5 スイッチがOFFしているときの等価回路
コイルに蓄えられた電流はD1を経由して流れる.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 OFFしている時間(T2)の間に減少する電流値(Id)はVeeの絶対値を使用して式4で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 コイルの増加電流(ID)と減少電流(Id)は等しいため,式5が成り立ちます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5をVeeについて解くと式6になります.オン・デューティ比をDとすると「D=T1/(T1+T2)」なので,式6はDを使用して,式7のように表すこともできます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 式6より,VeeとVinを等しくするためには「T1=T2」とすれば良いことが分かります.つまりオン・デューティ比を50%とすればよいことが分かります.したがって,今回の問題の正解は(C)の50%となります.

●負荷抵抗が大きいのときのシミュレーション結果
 反転スイッチング電源も,降圧スイッチング電源や昇圧スイッチング電源と同様,負荷抵抗が大きいとき,電流断続モードとなり,式6が成立しなくなります.図6は,図2の20Ωの負荷抵抗を100Ωに変えたシミュレーション結果です.図3とは異なり,コイルの電流が0mAになる期間があります.スイッチがONしている期間に増加する電流(ID)は,式8となりますが,これは式2と同じです.


図6 負荷抵抗を100Ωとしたときの負荷電流およびコイル電流
コイルに流れる電流が0mAになる期間がある.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 スイッチがOFFしている期間に減少する電流値(Id)は式9になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 式9,式10からVeeを求めると式9になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 ここで,T3はT2よりも小さいので,式10で求めたVeeの絶対値は式6で求めた電圧よりも大きくなります.

●電流連続モードと断続モードの境目
 以上のように負荷抵抗が小さいときは電流連続モードとなり,負荷抵抗が大きくなって,負荷電流が小さくなると電流断続モードになります.その境界となるのは,負荷電流がいくつのときかを求めてみます.
 図3において,RLを大きくして負荷電流を減らしていくと,コイルの電流波形もそれに従って,下方に並行移動します.ここで,コイルに流れる電流が0mAになる瞬間が発生する条件を考えます.それは式3でISが0mAのときに相当します.反転スイッチング電源で,コイルから負荷に電流が供給されるのはT2の期間だけです.一方負荷電流(IR)はT1の期間もT2の期間も流れています.コンデンサ(C1)に対し,T2の期間に供給される電荷量と「T1+T2」の期間に放電する電荷量が等しいとして式を立てると式11になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式11からIRを求め,図1の定数を代入すると式12のように62.5mAになります.

・・・・・・・・・・(12)

●オン・デューティ比を変化させたときの出力電圧のシミュレーション
 図7は,オン・デューティ比を変えたときの出力電圧をシミュレーションするための回路です.デューティ比を決めている変数Dの値を0.2から0.8まで0.1ステップで変化させています.そして「.measコマンド」で10msec後の出力電圧を取り出しています.


図7 オン・デューティ比を変えたときの出力電圧をシミュレーションするための回路
変数Dの値を.stepコマンドで0.2から0.8まで0.1ステップで変化させる.

 図8は,図7のシミュレーション結果です.出力電圧のトランジェント波形を表示しています.このグラフではオン・デューティ比と出力電圧の関係が分かりにくいので「.meas」の結果をグラフにします.


図8  図7のシミュレーション結果
このグラフではオン・デューティ比と出力電圧の関係が分かりにくい.

 図9は,オン・デューティ比対出力電圧のシミュレーションの結果です.このグラフは図7のシミュレーション後(Runを押したあと)「Ctrl+L」を押すとLTspiceでは,エラー・ログが表示されます.そのエラー・ログを開いてマウスで右クリックし,現れたメニューから「Plot .step'ed .meas data」を選択すると図9が表示されます.


図9 オン・デューティ比対出力電圧のシミュレーション結果
オン・デューティ比が0.5のときの出力電圧は-4.6V.

 図9を見ると,オン・デューティ比が0.5のとき,出力電圧は-5Vに近い-4.6Vとなっており,オン・デューティ比が大きくなるほど,出力電圧の絶対値が大きくなることが分かります.
 このグラフからも,今回の問題の正解は(C)であることが分かります.一般的な反転スイッチング電源では,負荷抵抗値が変わっても出力電圧が一定となるよう,スイッチのデューティ比をコントロールするための回路が追加されています.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_020.zip

●データ・ファイル内容
Inverting.asc:図2の回路
Inverting_200.asc:図6をシミュレーションするための回路
Inverting_step.asc:図7の回路

■LTspice関連リンク先


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