基準電圧回路を使った定電流源



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■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は3つのブロックで構成され,M1のドレインから電流を吸い込むシンク型の定電流源です.

ブロック(1):NチャネルJFET(J1,J2)とR5で構成した定電流源
ブロック(2):B点が1.09Vとなる基準電圧回路(バンドギャップ・リファレンス)
ブロック(3):M1のパワーMOSFETが一定の電流を吸い込む出力部
R1はM1に流れる電流を調整する抵抗.また,A点のM1ゲート電圧(2.17V)はQ3のコレクタ電圧を一定にする

 そこで,R1を11Ωにしたとき,M1のドレイン電流値は(a)~(d)のどれに近いでしょうか.計算を簡単にするため,ブロック(2)へ流れる電流は,M1のドレイン電流より小さいので無視します.


図1 基準電圧回路(バンドギャップ・リファレンス)を使った定電流源

(a)80mA,(b)100mA,(c)200mA,(d)280mA

■ヒント

 今回は,バンドギャップ・リファレンスと呼ばれる基準電圧回路を定電流源に応用した回路について解説します.この回路は,M1のドレインから電流を吸い込むシンク型の電流源として働きます.M1に流れる電流はR1で調整しますので,R1の両端の電圧がわかれば,簡単に求めることができます.

 バンドギャップ・リファレンスの電圧は,温度の変化に対し電圧の変化が小さい基準電圧回路となります.これを利用すると温度補償した定電流源を作ることができます.出力電流はM1のドレインからR1に向かって流れます.よってR1で流れる電流を制御できます.図1の出力電流は,M1をパワーMOSFETにすると大電流を得ることができます.大電流の定電流源の用途としては,高電流LEDのドライバなどがあります.

■解答


(b)100mA

 M1のドレイン電流は,ソース電流と同じなので,R1に流れる電流を求めれば良いことになります.R1の片方はGNDで,もう1つは基準電圧回路の出力(1.09V)なので,M1のドレイン電流をID1とすれば「ID1=1.09V/11Ω=99mA」となり,解答は(b)の100mAとなります.


■解説

●トランジスタ使った簡易型の電流源
 図1の解説の前に,図1の原型となる図2の電流源から解説します.図1と比較すると,ブロック(1)とブロック(3)は同じで,ブロック(2)が基準電圧回路の代わりにトランジスタ(Q1)のベース・エミッタ電圧(VBE1)を用いています.図2は,図1より素子数が少なく,簡易型の電流源として使われます.


図2 ベース・エミッタ電圧を使ったシンク型の電流源
V2の電圧を0V~30Vでスイープし,温度が-20℃,27℃,100℃で3回シミュレーションする.

 図2のブロック(1)は,温度補償した52μAの定電流源であり,V1の電圧変動や温度の変動があってもQ1へ安定した電流を流します.ブロック(2)はR1にQ1のベース・エミッタ電圧(VBE1)の電圧を印加します.ブロック(3)は,M1のドレインから電流を吸い込みます.M1のドレインに流れる電流は,R1に流れる電流と同じであり,また,R1の両端の電圧はVBE1となることから,式1の電流となります.具体的には「VBE1=0.58V,R1=5.5Ω」とすれば「ID1=0.58V/5.5Ω=105mA」となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1より,R1の温度係数が小さくて無視できるとすれば,図2の出力電流ID1の温度特性は,Q1のベース・エミッタ電圧であるVBE1に依存することが分かります.VBE1は負の温度係数(約-2mV/℃)を持つため, 出力電流ID1は温度に対し変化するのが弱点です.ブロック(1)の温度補償した電流源については「LTspice電源&アナログ回路入門 013」で解説してますので,そちらをご参照ください.

●簡易型の電流源をLTspiceで確認する
 図2の回路で全ての抵抗の1次温度係数を+100ppm/℃(回路図ではTC=0.0001としている)とし,V2の電圧を0V~30Vでスイープして,温度を-20℃,27℃,100℃で3回シミュレーションします.この記述は「.dc V2 0 30 10m TEMP LIST -20 27 100」となります.
 図3図2のシミュレーションの結果で,V2が変化してもM1のドレイン電流は一定であり,出力抵抗が大きな電流源になることが分かります.一方,VBE1は負の温度係数を持つため,温度が変化すると出力電流が大きく変化する様子が分かります.


図3 図2でV2をスイープし,-20℃,27℃,100℃の3点で出力電流の変化を調べたシミュレーション結果
V2の電圧変化に対するM1のドレイン電流の変化は少ないが,温度が変化すると出力電流は大きく変化する.

 次に温度の変化に対する出力電流の変化を詳しく調べます.図2の回路図で-20℃~100℃を1℃ステップで変化させたときの温度変化を調べるため,シミュレーションの記述は「.dc TEMP -20 100 1」としました.このシミュレーション結果は図4となります.青線がB点の電圧(VBE1)で,赤線がM1のドレイン電流で,2つとも負の温度係数であることが分かります.


図4 温度変化によるB点の電圧(VBE1)とM1のドレイン電流をシミュレーションした結果
M1のドレイン電流はB点の電圧(VBE1)に依存し温度が高くなると電流が減る.

 また,27℃と37℃のシミュレーション値を使い,各々の微分温度係数(TCF)を求めると,式2がB点の電圧(VBE1)の微分温度係数,式3がM1ドレイン電流の微分温度係数となります.両者の微分温度係数は,ほぼ等しく,温度に対するM1ドレイン電流の変化は,VBE1の温度変化によるものであることが分かります.このように,図2の簡易型の電流源は,温度による出力電流の変化が大きくなります.

・・・・・(2)

・・・・・(3)


●基準電圧回路を使った定電流源
 図2の簡易型電流源は,温度の変化により出力電流が大きく変化する弱点がありました.これを改善する回路が図1の基準電圧回路を使った定電流源です.図2の簡易型電流源において,出力電流が温度により変化するのは,ブロック(2)のVBE1の温度特性が影響します.そこで,図1は,ブロック(2)を温度が変化しても電圧の変化が少ない基準電圧回路へ変更しています.これにより,出力電流を調整するR1の両端の電圧は,温度による変化が抑えられ,M1のドレイン電流の温度依存が少なくなります.
 図1のM1のドレインに流れる出力電流は,R1に流れる電流と同じです.また,R1の両端の電圧は基準電圧回路の電圧(Vref)となることから,出力電流は式4となり解答の計算となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 ブロック(2)の基準電圧回路の回路定数については「LTspice電源&アナログ回路入門 017」で計算した値と同じです.そちらも記事もご参照ください.

●基準電圧回路を使った定電流源をLTspiceで確認する
 図5は,図1をシミュレーションする回路です.簡易型電流源の図3および図4と比較するため,同じシミュレーションを行います.


図5 図1をシミュレーションする回路
基準電圧回路を使ったシンク型の電流源.

 V2の電圧を0V~30Vでスイープして,温度を-20℃,27℃,100℃で3回シミュレーションした結果を図6へ示します.図3と比べると,温度変化による出力電流であるM1のドレイン電流の変化が小さくなり改善しています.


図6 図5のシミュレーション結果
温度変化によるM1のドレイン電流の変化が小さくなっている.

 次に,-20℃~100℃を1℃ステップで変化させたときの温度変化を調べます.シミュレーション結果は図7となります.青線は,B点の基準電圧回路の電圧,赤線がM1のドレイン電流で,2つとも温度による変化が少なく,図4より改善しています.


図7 温度変化によるB点の電圧(Vref)とM1のドレイン電流をシミュレーションした結果
図4と比較すると温度による変化が少なく,改善している.

 また,27℃と37℃のシミュレーション値を使い,各々の微分温度係数(TCF)を求めると,式5がB点の電圧の微分温度係数,式6がM1ドレイン電流の微分温度係数となります.式5,式6を簡易型電流源の式2,式3と比べると微分温度係数は,小さくなり改善されています.このように,ブロック(2)を基準電圧回路に変更することで,出力電流の温度特性を改善することができます.

・・・・・(5)

・・・・・(6)

 最後に,大電流を扱う回路では消費電力に注意してください.図5で,パワーMOSFETの絶対最大定格や安全動作領域(SOA)は範囲内であること,また,R1の定格電力内であることです.C1とC2は,回路を安定動作させるコンデンサです.こちらも適宜調整してください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_019.zip

●データ・ファイル内容
VBE_Current_Source.asc:図2の回路
Widlar_BGR_Current_Source.asc:図5の回路

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