昇圧スイッチング電源の基礎




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■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,コイル(L1)とスイッチ(SW1)を使用した,基本的な昇圧スイッチング電源の回路です.この回路に供給される電源の電圧(V1)は5Vです.スイッチは周波数100kHzでON/OFFを繰り返すようになっております.スイッチ(SW1)がONしている時間は,一周期の中の75%です.また,スイッチのオン抵抗は十分小さいものとします.この回路において,負荷抵抗(RL)の値を50Ω,200Ω,800Ωと変えた場合,出力電圧の記述として(A)~(D)で最も適切なものはどれでしょうか.


図1 基本的な昇圧スイッチング電源
50Ω,200Ω,800Ωと値の違う負荷抵抗を接続したときの出力電圧はいくつになるか?

(A)50Ω:6.5V,200Ω:6.6V,800Ω:6.7V
(B)50Ω:6.5V,200Ω:6.6V,800Ω:9.2V
(C)50Ω:19.5V,200Ω:19.6V,800Ω:19.7V
(D)50Ω:19.5V,200Ω:19.6V,800Ω:28.2V

■ヒント

 昇圧スイッチング電源は,電流連続モードで動作しているときは,ほぼデューティ比で出力電圧が計算できますが,電流断続モードではデューティ比だけでは決まりません.負荷電流を計算し,コイルの電流が連続モードで動作しているか,断続モードになるかを考えれば答えが分かります.

 昇圧スイッチング電源とは,入力電圧より高い電圧に変換するために使われる電源です.図1において,スイッチ(SW1)は,コイルに電流を蓄えるために使用されます.また,D1は,SW1がONのとき,出力端子からの逆流を防止する働きをします.ここでは,順方向電圧の小さなショットキー・ダイオード(1N5817)を使用しています.出力端子に接続されたコンデンサ(C1)は,出力電圧を平滑するために使用します.

■解答


(D)50Ω:19.5V,200Ω:19.6V,800Ω:28.2V

 解説で詳しく説明いたしますが,図1の昇圧スイッチング電源の出力電圧は,47mA以上のとき「電流連続モード」で動作し,47mA以下のとき「電流断続モード」で動作します.電流連続モードで動作しているときは,デューティ比をDとすると,供給電圧に1/(1-D)=4を掛けた20Vに近い電圧になります.なので,負荷抵抗が50Ωと200Ωのときは,負荷電流が47mA以上のため電流連続モードで動作して,20Vに近い電圧になります.一方,負荷抵抗が800Ωのときは,負荷電流が47mA以下のため「電流断続モード」で動作して,20Vよりも大きな電圧となります.このような電圧となっているのは,(D)なので,正解は(D)ということになります.

■解説

●昇圧スイッチング電源のシミュレーション
 昇圧スイッチング電源がどのように動作しているのか,コイル電流波形のシミュレーション結果を使って解説していきます.図2図1の回路をシミュレーションするための回路です.スイッチはLTspiceの電圧制御スイッチを使用して,オン抵抗10mΩ,オフ抵抗10MΩとしています.このスイッチをコントロールするための電源(V2)は変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしたパルス電源です.


図2 図1の回路をシミュレーションするための回路
変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしてある.

●負荷抵抗50Ωのときのシミュレーション結果
 図3が負荷抵抗(RL)を50Ωとしたときのシミュレーション結果で,負荷電流およびコイル電流を表示しています.また,シミュレーションの最後の22.5μsec部分だけを表示しています.コイルには常に電流が流れており,スイッチがONするとコイルの電流が増加し,OFFすると減少していきます.降圧スイッチング電源の場合はコイル電流の平均値とRLの電流は等しくなっていましたが(LTspice 電源&アナログ回路入門 016),昇圧スイッチング電源の場合は異なった値となります.


図3 負荷抵抗50Ωのときの負荷電流とコイル電流
コイルの電流はスイッチONで増加し,スイッチOFFで減少する.

●スイッチがONしたときのコイルの電流
 図4は,スイッチがONしたときの等価回路です.スイッチがONすると,コイルの電流はそれまでに流れていた電流を(IS)を初期値として増加を始めます.


図4 スイッチがONしているときの等価回路
コイルに流れる電流は時間に比例して増加する.

 コイルのインダクタンスをLとするとその増加電流は時間に比例し,コイルの電流は式1で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 スイッチがONしている時間をT1秒とすると,電流の増加量(ID)は,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 なお,スイッチがONしているときは,D1は逆バイアスとなるため,C1の電荷を放電してしまうことはありません.そしてスイッチがOFFしたときに,C1および負荷に電流が供給されることになります.

●スイッチがOFFしたときのコイルの電流
 スイッチがOFFしたときの等価回路は,図5になります.コイルにはそれまでに流れていた電流を流し続けようとする性質があるため,スイッチがOFFした場合はショットキー・ダイオードを介して電流が流れます.そのときVoutの電圧は,電源(V1)の電圧にコイル(L1)に発生する電圧が加算されたものになります.そして,コイル(L1)の電流は時間とともに減少していきます.


図5 スイッチがOFFしているときの等価回路
コイルに蓄えられた電流はD1を経由して流れる

 コイル(L1)の電流はショットキー・ダイオードの電圧を無視すると式3で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 OFFしている時間(T2)の間に減少する電流値(Id)は式4で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 コイルの増加電流(ID)と減少電流(Id)は等しいため,式5が成り立ちます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5をVoutについて解くと式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 (T1+T2)/T2はスイッチがOFFしている時間比率の逆数なので,スイッチがONするデューティ比をDとすると,式7のように表すこともできます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 図1ではデューティ比が75%だったため式8のようにVoutは20Vになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

●負荷抵抗200Ωのときのシミュレーション結果
 図6は,負荷抵抗を200Ωにしたときのシミュレーション結果です.図3と同様,コイルには常に電流が流れています.そのため,動作も負荷抵抗50Ωのときと同じになります.


図6 負荷抵抗を200Ωとしたときの負荷電流およびコイル電流
図3と同様,コイルには常に電流が流れている.

●負荷抵抗800Ωのときのシミュレーション結果
 図7は,負荷抵抗を800Ωにしたときのシミュレーション結果です.図3とは異なり,コイルの電流が0mAになる期間があります.


図7 負荷抵抗800Ωのときの負荷電流とコイル電流
コイルに流れる電流が0mAになる期間がある.

 スイッチがONしている期間に増加する電流(ID)は,式9となりますが,これは式2と同じです.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 スイッチがOFFしている期間に減少する電流値(Id)は式10になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 式9,式10からVoutを求めると式11になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 ここで,T3はT2よりも小さいので,式11で求めた出力電圧は,式6で求めた出力電圧よりも大きくなります.

●電流連続モードと電流断続モードの境目
 以上のように負荷抵抗が小さいときは電流連続モードとなり,負荷抵抗が大きくなって,負荷電流が小さくなると電流断続モードになります.その境界となるのは,負荷電流がいくつのときかを求めてみます.
 図3において,RLを大きくして負荷電流を減らしていくと,コイルの電流波形もそれに従って,下方に並行移動します.ここでコイルに流れる電流が0mAになる瞬間が発生する条件を考えます.それは式3でISが0mAのときに相当します.昇圧スイッチング電源で,コイルから負荷に電流が供給されるのはT2の期間だけです.一方負荷電流(IR)はT1の期間もT2の期間も流れています.コンデンサC1に対し,T2の期間に供給される電荷量とT1+T2の期間に放電する電荷量が等しいとして式を立てると式12になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 式12からIRを求め,図1の定数を代入すると式13のように47mAになります.

・・・・・・・・・(13)

 Voutを式8で計算した20Vとすると,電流断続モードとなる負荷抵抗値は426Ωとなります.なので,図1の問題では,負荷抵抗50Ωと200Ωは電流連続モードで動作し,800Ωのときは電流断続モードとなることが分かります.

●負荷抵抗を変化させたときの出力電圧のグラフを作る
 図8は,負荷抵抗を変化させたときの出力電圧をシミュレーションするための回路です.負荷抵抗の値をRLという変数にして「.stepコマンド」で50Ωから1000Ωまで50Ωステップで変化させています.そして「.measコマンド」で100msec後の出力電圧を取り出しています.


図8 負荷抵抗を変えたときの出力電圧をシミュレーションするための回路
負荷抵抗の値を「.stepコマンド」で50Ωから1000Ωまで50Ωステップで変化させる.

 図9図8のシミュレーション結果で出力電圧のトランジェント波形を表示しています.このグラフでは負荷抵抗の値と出力電圧の関係が分かりにくいので「.meas」の結果をグラフにします.


図9 図8のシミュレーション結果
このグラフでは負荷抵抗値と出力電圧の関係が分かりにくい.

 まず,エラー・ログを開いてマウス右クリックし,現れたメニューから[Plot .step'ed .meas data]を選択し,グラフを書かせます.図10がこのようにして作成したグラフです.


図10 負荷抵抗対出力電圧のシミュレーション結果
負荷抵抗が450Ω以下のときは出力電圧はほぼ一定

 図10を見ると,負荷抵抗が50Ωおよび200Ωのときはデューティ比で計算した出力電圧の20Vに近い値となっています.しかし,負荷抵抗が800Ωのときは28.2V程度になっています.図10からも,今回の問題の正解は(D)であることが分かります.ただし,このように負荷によって出力電圧が変動してしまうのは望ましくないため,ほとんどの昇圧スイッチング電源では,出力電圧が一定となるようスイッチのデューティ比をコントロールするための回路が追加されています.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_018.zip

●データ・ファイル内容
Step_up.asc:図2の回路
Step_up200.asc:図6をシミュレーションするための回路
Step_up800.asc:図7をシミュレーションするための回路
Step_up_step_RL.asc:図7の回路

■LTspice関連リンク先


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(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
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(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs

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