降圧スイッチング電源の基礎
図1は,コイル(L1)とスイッチ(SW1)を使用した,降圧スイッチング電源の基本的な回路です.この回路に供給される電源(V1)の電圧は20Vですが,この電圧を低い電圧に変換するために使用します.スイッチ(SW1)は,周波数100kHzでON/OFFを繰り返すようになっており,スイッチがONしている時間は一周期の中の25%です.また,スイッチのオン抵抗は十分小さいものとします.この回路において,5Ω,20Ω,100Ωと値の違う負荷抵抗(RL)を接続しました.それぞれの負荷抵抗が接続されたときの出力電圧の記述として,(A)~(D)で最も適切なものはどれでしょう?
5Ω,20Ω,100Ωと値の違う負荷抵抗を接続たときの出力電圧として適切なものは?
(B) 5Ω:4.68V/20Ω:4.76V/100Ω:8.63V
(C) 5Ω:14.68V/20Ω:14.76V/100Ω:14.82V
(D) 5Ω:14.68V/20Ω:14.76V/100Ω:18.63V
降圧スイッチング電源は,電流連続モードで動作しているとき,ほぼデューティ比で出力電圧が計算できます.しかし,電流断続モードでは,デューティ比だけでは決まりません.負荷電流を計算し,コイルの電流が連続モードで動作しているか,断続モードになるかを考えれば答えが分かります.
図1の降圧スイッチング電源の出力電圧は,電流連続モードで動作しているときは,供給電圧にデューティ比の25%を掛けた5Vに近い電圧になります.また,図1の回路では負荷電流が188mA以下になると電流断続モードになります.負荷抵抗が5Ωと20Ωのときは,負荷電流が188mA以上のため,電流連続モードで動作して5Vに近い電圧になり,負荷抵抗100Ωのときは電流断続モードで動作するため,5Vよりもかなり大きな電圧となります.このような電圧となっているのは,(B)なので,正解は(B)ということになります.
●降圧スイッチング電源のシミュレーション
降圧スイッチング電源において,コイルの電流がどのような波形となるか,シミュレーション結果を使って解説していきます.図2が図1の回路をシミュレーションするための回路です.スイッチは,LTspiceの電圧制御スイッチを使用して,オン抵抗10mΩ,オフ抵抗10MΩとしています.このスイッチをコントロールする電源(V2)は,変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしたパルス電源です.
変数Dの値でデューティ比を変えることができるようにしてある.
●負荷抵抗5Ωのときのシミュレーション結果
図3は,図2で負荷抵抗を5Ωとしたときのシミュレーション結果です.負荷電流およびコイル電流を表示しています.シミュレーションの最後の20μsec部分だけを表示しています.コイルには常に電流が流れており,スイッチがONするとコイルの電流が増加し,OFFすると減少していきます.このコイルの電流の平均値がRLの電流と等しくなっています.
コイルの電流はスイッチONで増加し,スイッチOFFで減少する.
●スイッチがONしたときのコイルの電流
図4は,スイッチがONしたときの等価回路です.スイッチがONするとコイルの電流は,それまで流れていた電流(IS)を初期値として増加を始めます.コイルのインダクタンスをLとすると,その増加電流は時間に比例します.コイルの電流は式1で表すことができます.
コイルに流れる電流は時間に比例して増加する.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
スイッチがONしている時間をT1秒とすると,電流の増加量(ID)は式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
●スイッチがOFFしたときのコイルの電流
図5は,スイッチがOFFのときの等価回路はになります.計算を簡単にするため,ショットキー・ダイオードは配線に置き換えてあります.
ショットキー・ダイオードは配線に置き換えている.
コイルは,それまで流れていた電流を流し続けようとする性質があるので,スイッチをOFFした場合もショットキー・ダイオードを介して電流が流れます.ただし,コイルには先ほどとは逆の電圧が印加されているため,コイルの電流は時間とともに減少していきます.そのため,コイルの電流は式3で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
OFFしている時間T2の間に減少する電流値(Id)は式4で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
コイルの増加電流(ID)と減少電流(Id)は等しいため,式5が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式5をVoutについて解くと式6になり,出力電圧は入力電圧にデューティ比を掛けたものになることが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
●負荷抵抗100Ωのときのシミュレーション結果
図6は,負荷抵抗を100Ωにしたときのシミュレーション結果です.
コイルに流れる電流が0mAになる期間がある.
図3とは異なり,コイルの電流が0mAになる期間があります.スイッチがONしている期間に増加する電流(ID)は,式7となります.これは,式2と同じです.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
スイッチがOFFしている期間に減少する電流値(Id)は式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
式7,式8からVoutを求めると式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
ここで,T3はT2よりも小さいので,式9で求めた出力電圧は式6で求めた出力電圧よりも大きくなります.
●電流連続モードと断続モードの境目
以上のように負荷抵抗が小さいときは,電流連続モードとなり,負荷抵抗が大きくなって,負荷電流が小さくなると電流断続モードになります.その境界となるのは,負荷電流がいくつのときかを求めてみます.
図3において,RLを大きくして負荷電流を減らしていくと,コイルの電流波形もそれに従って,下方に並行移動します.ここでコイルに流れる電流が0mAになる瞬間が発生する条件を考えます.それは,RLに流れる電流がIDの半分のときです.その境界の電流をIbとし,図1の定数を代入すると式10のように187.5mAになります.
・・・・・(10)
Voutをデューティ比で計算した5Vとすると,電流断続モードとなる負荷抵抗値は26.7Ωとなります.図1の問題では,負荷抵抗5Ωと20Ωは電流連続モードで動作し,100Ωのときは電流断続モードとなることが分かります.
●負荷抵抗を変化させたときの出力電圧のグラフを作る
図7は負荷抵抗を変化させたときの出力電圧をシミュレーションするための回路です.負荷抵抗の値をRLという変数にして「.stepコマンド」で5Ωから100Ωまで5Ωステップで変化させています.そして,「.measコマンド」で10msec後の出力電圧を取り出しています.
負荷抵抗の値を.stepコマンドで5Ωから100Ωまで5Ωステップで変化させる.
図8は,図7のシミュレーション結果です.出力電圧のトランジェント波形を表示しています.このグラフでは負荷抵抗の値と出力電圧の関係がわかり難いので「.meas」の結果をグラフにします.
このグラフでは負荷抵抗値と出力電圧の関係がわかり難い.
まず,エラーログを開いてマウス右クリックし,現れたメニューから[Plot .step'ed .meas data]を選択し,グラフを書かせます.図9がこのようにして作成したグラフです.
負荷抵抗が25Ω以下のときは出力電圧はほぼ一定.
図9を見ると,負荷抵抗が5Ωおよび20Ωのときはデューティ比で計算した出力電圧の5Vに近い値となっていますが,負荷抵抗が100Ωのときは8.6V程度になっています.このグラフからも,今回の問題の正解は(B)であることが分かります.
ただし,このように負荷によって出力電圧が変動してしまうのは望ましくないため,ほとんどの降圧スイッチング電源では,出力電圧が一定となるようスイッチのデューティ比をコントロールするための回路が追加されています.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_016.zip
●データ・ファイル内容
Step_down.asc:図2の回路
Step_down_100.asc:図6をシミュレーションする回路
Step_down_step_RL.asc:図7の回路
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