交流電源による電力と力率
図1左は,50Hzで100VRMSの交流電源に100Ωの抵抗負荷が接続されています.図1右は,同じく50Hzで100VRMSの交流電源に,周波数が50Hzのときにインピーダンスが50Ωになるコイル(159mH)と50Ωの抵抗が直列に接続されています.
電源V1に流れる電流をIV1,R1で発生する電力をPR1とし,電源V2に流れる電流をIV2,R2で発生する電力をPR2とします.この場合IV1,IV2とPR1,PR2の関係の記述として正しいのは(A)~(D)のどれでしょうか.
左の負荷は純粋な抵抗で,右の負荷はコイルと抵抗の直列接続.
(B) IV1とIV2は等しく,PR1はPR2よりも大きい
(C) IV1よりもIV2が大きく,PR1とPR2は等しい
(D) IV1はIV2よりも大きく,PR1はPR2よりも大きい
交流電源を使用する機器では,力率の値が問題となることがあります.今回はその力率に関連する問題です.
IV1は,V1をR1で割ったものです.しかし,IV2は,V2をL1とR2の合成インピーダンスで割ったものです.合成インピーダンスの値は,L1のインピーダンス(ZL1)とR2の二乗平均平方根です.また,抵抗で発生する電力は抵抗に流れる電流の二乗と抵抗値を掛けたものです.これらを組み合わせて考えれば答えが分かります.
それぞれの電流を計算するとIV1は1Aで,IV2は1.41Aになります.したがって,IV1よりもIV2が大きいということになります.また,PR1とPR2を計算するとそれぞれ100Wと等しくなります.したがって正解は(C)ということになります.
●それぞれの回路の電流と電力を計算する
図1左は,単純な抵抗負荷です.一方,図1右の負荷は,コイルと抵抗が直列に接続されています.交流電源で動作する機器の中で,電熱線ヒータなどは図1左のような回路となり,モータ機器などは図1右のような等価回路で表されます.
まず,それぞれの回路の電流と抵抗で発生する電力を計算してみます.V1とR1に流れる電流(IV1)は式1のように簡単に計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
一方,図1右の回路の電流の計算は若干注意が必要です.図1右のコイルのインピーダンス(ZL1)は50Ωとなっています.これは,式2のようにして計算したものです.
・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
コイルと抵抗を直列接続した回路のインピーダンス(Z)は,単純にインピーダンス値と抵抗値を加算するのではなく,式3のように二乗平均平方根で計算します.
・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3より,V2,L1,R2に流れる電流(IV2)は式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式1,式4より,図1左の回路よりも,図1右の回路のほうが大きな電流が流れることが分かります.また,図1左の回路でIV1とV1の位相は同位相となります.しかし,図1右の回路ではIV2がV2よりも位相が遅れます.この位相(θ)は式5で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
次に,R1,R2に発生する電力を計算します.R1で発生する電力(PR1)は式6です.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
また,R2で発生する電力(PR2)は式7で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
式6,式7より,R1で発生する電力とR2で発生する電力は同じです.
●それぞれの回路の力率を計算する
力率は,有効に利用される電力(有効電力)と電源側が送った見かけ上の電力(皮相電力)の比として定義されています.図1の場合,R1とR2で発生する電力が有効電力です.また,V1とIV1,V2とIV2を掛け合わせたものが皮相電力です.有効電力をP,皮相電力をSとすると,力率(PF)は式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
なお,力率の表記としては式8の値を100倍し,パーセンテージ(%)表記としたものも使われます.図1で有効電力は,左の回路,右の回路ともに100Wで同じです.ところが,電源に流れる電流の大きさは異なるため,皮相電力は異なります.左の回路の力率をPFL,右の回路の力率をPFRとするとそれぞれ式9,式10で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
式8,式9より,図1左の回路の力率は1で,図1右の回路の力率は0.707となります.また,式10は,式11のように変形して,ZL1とR2から計算することもできます.
・・・・・(11)
さらに,式11と式5を組み合わせることで,式12のように力率を電圧と電流の位相差で表すこともできます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
力率は,このようにして計算できます.交流電源で動作する機器の力率は,極力1に近づけることが望まれます.力率が低い機器は,力率の高い機器と同じ有効電力を発生させようとすると,より大きな電源電流が流れるためです.例えば,図1左と図1右で,抵抗に発生する電力は同じであるにもかかわらず,電源に流れる電流は力率の低い図1右のほうが大きくなっています.このように,力率が低いと,電源側はそれに対応できるように,余分な電流供給能力を確保しておく必要があります.
●電流,電力,力率をLTspiceで確認する
図2は,図1の電流,電力,力率をシミュレーションする回路です.V1とV2共にピーク電圧が141V(実効値100V)で,50Hzの正弦波としています.トランジェント解析を行い,電流と電力を解析します.トランジェント解析のコマンドは「.tran 0 0.1 20m」として0.1秒分の解析を行い,20msec(ミリ秒)経過してからのデータを保存するようにします.そして,「.four 50 10 1 I(V1) I(V2)」というコマンドで各電源の電流のフーリエ解析を行います.LTspiceのフーリエ解析は,機能が拡張されていて力率の計算をしてくれます.
図3は,図2左のシミュレーション結果です.図3の下段がV1の電流で,上段がR1に発生する電力です.V1に流れる電流(I(V1))の実効値は1Aで,R1に発生する電力の平均値は100Wであることが分かります.
I(V1)の実効値は1Aで,R1に発生する電力の平均値は100W.
図4は,図2右のシミュレーション結果です.図4の下段がV2の電流で,上段がR2に発生する電力です.V2に流れる電流(I(V2))の実効値は1.41AでV1に流れる電流よりも大きく,R2に発生する電力の平均値は100Wで,R1に発生する電力と同じであることが分かります.
電力の平均値は図3と同じだが,電流は図3よりも大きい.
図5は,下段が図2右のV2が供給している電力,上段が図2右のL1で発生する電力のシミュレーション結果です.
図5の下段はV2が供給している電力で,その平均値は-100Wです.平均値が負の値になっているのは,V2が電力を供給していることを意味しています.ここで,プロットした電力は,電源の電圧実効値と流れる電流の実効値を単純に乗算した皮相電力ではなく,V2が実際に供給している電力で,R2で発生する電力と同じ値になります.
図5の上段は,L1で発生する電力です.0Wを中心にした±100Wの正弦波となっています.電力の値が+のとき,コイルにエネルギーをため込み,電力の値が-のとき,エネルギーを吐き出すため,平均消費電力は0Wで,電力消費はありません.
V1の供給電力はR2での発生電力と同じで,L1の消費電力は0W.
図6は,下段が図2左,上段が図2右の電源電圧波形と抵抗に流れる電流波形を重ねてたシミュレーション結果です.
下段から分かるように,図2左の回路ではV1の電圧とR1の電流の位相は全く同じです.しかし,図2右の回路は,上段から分かるように,V2の電圧とR2の電流は位相がずれています.また,式12から分かるように,位相のずれが無いときの力率が1で,位相のずれが大きくなるほど,力率は低下します.
図2右の回路では電圧と電流の位相がずれている.
●フーリエ解析結果から力率の値を確認する
図2のシミュレーション後(Runを押したあと)「Ctrl+E」を押すとLTspiceでは,エラーログが表示されます.このエラーログでフーリエ解析の結果を確認することができます.図7は,エラーログの一部を切り出したもので,図7のTotal Harmonic Distortionの末尾にあるPF(Power Factor)が力率です.図2左の回路の力率は1となっています.図2右の回路の力率は0.707479となっています.これは,式8,式9で計算した値と同じです.
図2左の回路の力率は1で図2右の回路の力率は0.707479
次に,「.Measコマンド」を使用して,電流波形がひずんでいるときの力率を計算してみます.図8が電流波形がひずんだときの力率をシミュレーションするための回路です.図8にはコイルが無いため,電圧と電流の位相差はありません.ただし,ダイオードがあるので,抵抗に電流が流れるのはV1が正の電圧のときだけです.電流は半波整流波形となり,ひずんだ波形となります.このような場合も,皮相電力の方が実効電力よりも大きくなるので,力率は1以下となります.
電圧と電流の位相差は無いが,電流はひずんだ波形になる.
図9が図8のシミュレーション結果です.電流波形は半波整流波形となっています.また「.measコマンド」による計算結果から,力率が0.707となることが分かります.
電流波形は,半波整流波形となっており,力率が0.707
以上のように,電圧と電流の位相差がある場合や電流に波形ひずみがある場合,力率は低下します.また,電流波形ひずみが大きいと送電線に高調波電流が多く流れるという問題も発生します.そのため,最近の交流電源機器では,PFC(Power Factor Correction)と呼ばれる力率改善回路を搭載して力率の低下を防止しています.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_012.zip
●データ・ファイル内容
PF.asc:図2の回路
PF_half_rect.asc:図8の回路
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