ピーキング電流源の出力電流と温度補償



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■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,Q2のコレクタが出力となるピーキング電流源です.抵抗値をR1が56kΩ,R2が330Ωとし,電源電圧(V1)を5Vとした場合,R1に流れる電流は79μAです.この場合,Q2のコレクタ電流は(a)~(d)のうちどれでしょうか.
 なお,Q1とQ2は,同じトランジスタ(2N2222)です.また,計算を簡単にするため,Q1とQ2の電流増幅率(β)は無限(∞),トランジスタのアーリー電圧(VA)も無限(∞),トランジスタの熱電圧(VT)は25.8mV(周囲温度27℃)とします.


図1 ピーキング電流源の回路
出力となるQ2のコレクタ電流はいくつでしょうか?

(a)5μA,(b)11μA,(c)14μA,(d)29μA

■ヒント

 今回は,回路のバイアス電流源で使われる,ピーキング電流源について解説します.図1のピーキング電流源は,トランジスタの電流増幅率(β)が大きい場合,R1に流れる電流の多くはQ1のコレクタ電流となります.また,Q1への電流経路にあるR2の電圧降下により,Q2のベース電圧が小さくなるため,Q2のコレクタ電流は,Q1のコレクタ電流より小さな電流を出力する電流源となります.なので,R1に流れる電流とR2の抵抗値を適切に調整すると,R1に流れる電流に依存しない,Q2のコレクタ電流が得られます.
 回路の計算は,Q2のベース電圧(VBE2)は,Q1のベース電圧(VBE1)からR2の電圧降下を減算した電圧なので「VBE2=VBE1-R2×IC1」で求められます.

 電流源に求められる特性は,電源の変化,温度の変化に対し,出力電流の感度が低いことが重要です.温度による変化に対し,出力電流の感度が低い電流源を設計したとき,苦労した経験があるエンジニアの方も多いと思います.
 また,ピーキング電流源は,ワイアットのピーク電流源(Wyatt Peaking Current Source)とも呼ばれます.ワイアットのピーキング電流源は,ワイアット氏(Michael Wyatt)により考案され,電源,温度の変化に対して感度が低い電流源を作ることができます.

■解答


(d)29μA

 図1において,トランジスタの電流増幅率(β)を無限(∞)としたので,R1に流れる電流は,R2を通り,Q1のコレクタ電流となります.Q2のベース電圧(VBE2)は,Q1のベース電圧(VBE1)からR2の電圧降下を減算した電圧なので「VBE2=VBE1-R2×IC1」となります.ベース電圧(VBE1,VBE2)をコレクタ電流(IC1,IC2)と逆方向飽和電流(IS1,IS2)で表わすと式1となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 Q1とQ2が同じトランジスタとすると「IS1=IS2」であり,式1は式2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式2を使い,IC2で解くと式3となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 図1において「IC1=79μA,VT=25.8mV」より「VT/IC1=330Ω」となります.また,R2も330Ωであることから,式3のeの指数は-1となり,IC2は式4から29μAと求まります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 したがって,答えは(d)29μAとなります.

■解説

●LTspiceで抵抗に温度係数を与える方法
 まず,温度変化による抵抗値の変化をシミュレーションします.図2は,R1の抵抗(1kΩ)に1次温度係数(+3300ppm/℃)を与え,R2の抵抗(1kΩ)に1次温度係数を与えないで,-20℃~120℃の間を1℃ステップで温度を変化してシミュレーションする回路です.LTspiceで抵抗に温度係数を与えるときは,抵抗値(1k)を入力した後に半角スペースを空けて「TC1=0.0033」を記述します.この操作で温度係数のシミュレーションが可能となります.


図2 抵抗の温度変化を確かめる回路
R1の抵抗に1次温度係数を与え,R2の抵抗に1次温度係数を与えていない.

 ここで,抵抗値(1k)の後に半角スペースを空けて「TC1=0.0033」を記述する操作で,どのようにLTspice内で温度係数がネットリストに入るのか図3で解説します.図3は,図2から生成される「ネットリスト」とLTspiceのHelp(R. Resistor)に書いてあるシミュレータの「抵抗の記述(文法)」また,電子回路の「温度係数を考慮した抵抗の計算式」を示しました.



図3 図2のネットリスト,抵抗を記述する文法,温度係数を入れた抵抗の計算式
LTspiceHelpの「R. Resistor」は,LTspiceHelpで「res」でキーワード検索すると表示される.

温度係数を考慮した抵抗の計算式は次になります.
R = R0 * (1. + dt * tc1 + dt**2 * tc2 + dt**3 * tc3 + ...)

この計算式は,シミュレータの記述では次になります.
Rxxx n1 n2 <value> [tc=tc1, tc2, ...] [temp=<value>]

このシミュレータの記述から次のネットリストが生成されます.
R1 A 0 1k TC1=0.0033

 図2の回路図でシミュレーションを実行すると,図3のネットリストが生成されます.このネットリストがLTspiceのエンジンに渡され,回路の接続情報や素子値,解析の種類などでシミュレーションを実行します.抵抗の記述に示したとおり,温度係数はネットリストの抵抗値の後ろに半角スペースを空けて1次温度係数(TC1),2次温度係数(TC2),...というように指定します.
 温度係数は,百万分率を少数に直した値を入れます.1次温度係数が+3300ppm/℃なら「TC1=0.0033」とします.回路温度はTEMPのパラメータが用いられ,図3の温度スイープは「.dcコマンド」でTEMPのパラメータをスイープしています.

 図4は,図2をシミュレーションした結果です.図2のAとBで電圧を測定し,流れる電流から抵抗値を計算してプロットしています.+3300ppm/℃の1次温度係数を与えたR1は,温度に対して変化しています.温度係数を与えないR2の抵抗値は変化しません.


図4 図2のシミュレーション結果
R1は+3300ppm/℃で温度変化し,R2の抵抗値は変化している.

●ピーキング電流源は電源電圧に対する出力電流の感度を低くできる
 ピーキング電流源の1つ目の特徴として,図1のR1に流れる電流に依存せずに,Q2のコレクタ電流を得られることです.言い換えれば,電源電圧(V1)が変化したとき,Q2のコレクタ電流の変化が少なく,感度が低いことになります.ここで,式3を使い,IC1が変化したときのIC2の感度を求めると式5となります.

・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5のIC1の変化に対するIC2の感度をゼロとするには,「VT=R2IC1」となります.この条件は,図1でIC1が79μAで,R2が330Ωのときです.また,Q2のコレクタ電流は解答で計算したとおり29μAとなります.

●出力コレクタ電流の変化を確かめる
 図5は,図1をシミュレーションする回路で,電源電圧(V1)を2V~10Vの範囲を10mVステップで電圧を変化させています.


図5 図1をシミュレーションする回路
DC解析でV1を変化させ,IC2の変化を調べる.

 図6は,図5のシミュレーション結果です.横軸は,V1の値からR1に流れる電流の値に変更しました.R1に流れる電流が79μAのときのQ2のコレクタ電流を調べると,解答と同じ29μAであることが分かります.また式5で調べたように,R1に流れる電流の79μAを中心に,Q2のコレクタ電流の変化が少ない範囲があります.R1の電流は電源電圧(V1)に比例して変化することから,電源電圧の変化に対し,Q2のコレクタ電流の感度が低いことがわかります.


図6 図5のシミュレーション結果
R1の電流が79μAのとき,Q2のコレクタ電流は29μAである.また,79μAを中心にQ2のコレクタ電流の変化が少ない範囲がある.

●出力電流の感度をさらに抑えかつ温度補償する
 図7は,2つのピーキング電流源をカスケード接続した回路です.1段目をNPNピーキング電流源,2段目をPNPピーキング電流源で構成しています.この回路で,電源電圧に対する出力電流の感度をより低く抑えることができます.1段目は図1と同じで,1段目のQ2のコレクタ電流の変動が少ない範囲を2段目のPNPピーキング電流源でさらにに広げます.


図7 NPNとPNPのピーキング電流源をカスケード接続した回路
R3の値は,計算から算出した数値より一般的な抵抗値1kΩ,温度係数+3300ppm/℃にした.

 図7の2段目のPNPピーキング電流源のR3の温度係数と抵抗値の求め方を解説します.R3の温度係数の求め方として,式3は,2段目PNPピーキング電流源にもあてはまります.式3のeの指数にあるトランジスタの熱電圧(VT)の温度係数を,抵抗R2の温度係数で打ち消しています.そこで,R3の熱電圧(VT)の温度係数は,式6となり絶対温度300Kで,+3333ppm/℃です.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 次に,R3の抵抗値も式3から式4で示した手順と同じように求めます.具体的には,IC2が29μAで,VTが25.8mVなので,式7となり抵抗値は890Ωとなります.抵抗値を890Ωにすると式3のeの指数が「-1」となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 しかし,抵抗値が890Ωので温度係数が+3333ppm/℃の抵抗はあまり一般的でないので,図7のR3の抵抗値と温度係数は,市販されている1kΩで+3300ppm/℃の値にしました.
 R1は,金属皮膜抵抗の±100ppm/℃の抵抗を使い,温度係数(TC1)は0.0001としました.図7において,R3を1kΩとしたとき,Q4コレクタからの出力電流IOUTは式8となります.

・・・・・・・・・・・・・・(8)

●出力電流の感度を抑え温度補償した回路の特性
 図8は,図7の電流と電圧のシミュレーション結果です.図7の回路は,電源電圧(V1)の変化による出力電流の変化を,電圧源(V2)に流れる電流でモニターしています.図8より,ピーキング電流源を2つカスケード接続することにより,電源電圧(V1)が3V~10Vの範囲で,IOUTの電流変化は,わずか506.6nAであり,ほぼフラットです.出力電流値は式8で計算した9.4μAに近い値であることがわかります.


図8 図7のシミュレーション結果
電源電圧が3V~10Vの範囲で出力電流の変化は506.6nAと小さい.

 図9は,図7を温度シミュレーションした結果です.図9は,図7の解析コマンドを「.dc TEMP -20 120 1」とし,-20℃~120℃の範囲を1℃ステップでシミュレーションしました.シミュレーション結果より,VTの温度係数+3333ppm/℃を抵抗の温度係数 +3300ppm/℃で打ち消しているので,出力電流の温度係数は僅か+49ppm/℃であり,温度補償した効果がわかります.


図9 図7を温度シミュレーションした結果
出力電流は温度補償され,温度係数は+49ppm/℃と小さい.

●2つのピーキング電流源をカスケード接続した応用例
 図10は,2つのピーキング電流源をカスケード接続した応用例です.トランジスタQ4のコレクタにトランジスタQ5をダイオード接続した簡易温度センサ回路です.図8図9のシミュレーション結果より,電源電圧や温度の変化があっても出力電流の変化は極めて少ない電流源として動きます.この電流をダイオード接続したQ5のトランジスタに電流へ与え,トランジスタQ5を温度センサとして使います.


図10 ピーキング電流源とトランジスタQ5による簡易温度センサ回路

 図11は,図10のシミュレーション結果です.OUT端子からは1℃あたり-2.18mVの電圧が得られます.この電圧を計装増幅器で信号を増幅し,後段で処理をします.


図11 図10を温度シミュレーションした結果
1℃あたり-2.18mVの電圧変化が得られる.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_011.zip

●データ・ファイル内容
Resistor_TCF.asc:図2の回路
Wyatt_Peaking_Current_Source1.asc:図5の回路
Wyatt_Peaking_Current_Source2.asc:図7の回路
Temparature_Sensor.asc:図10の回路

■LTspice関連リンク先


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