全波整流回路の正確な電圧・電流の求め方
図1の回路は,商用トランス(T1)を使用した全波整流回路です.T1は,定格が100V:24V/3A,巻き線比が「N1:N2=100:25.7」,巻き線抵抗が一次3.16Ω,二次0.24Ωです.この場合,入力周波数(fs)が50Hz,入力電圧(Vin)が100Vrmsで,出力直流電圧(Vout)が約30Vのとき,一次側入力電流(Iin)は次の(A)~(D)のうちどれでしょうか?
商用トランスを使用した全波整流回路.
出力直流電流(Iout)は,一次側から供給されます.平滑コンデンサ(C1)に流れるリプル電流(Ir)も一次側から供給されます.解答のポイントは,リプル電流をどの程度見込むかと言うことになります.
トランス二次側出力電流(I2)は,C1に流れるリプル電流(Ir)と出力電流(Iout)のベクトル和で表され下記の式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,Irは,近似的に式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式1と式2に数値を代入すると「Vout≒30V」から「Iout≒2A」,「Ir≒3.63A」となって,「I2≒4.14A」となります.IinとI2の比は,式3のように巻き線比に反比例することから,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
Iin≒1.06Aとなり,回答は(C)となります.
●整流回路は非線形回路
一般に電子回路は,直流電源で動作するため,100Vから200Vの商用交流電源を降圧・整流して直流電源に変換することが必要になってきます.最近ではこの用途にスイッチング電源(AC-DCコンバータ)を使用することがほとんどですが,ここでは,以前よく使われていた商用トランスの全波整流回路を紹介します.
整流回路の特徴で注意すべき点は,非線形回路であると言うことです.一般的に非線形回路は代数式で電圧・電流を求めることができず,実測もしくはシミュレーションで求めます.式2は,特定の条件で成立する近似式です.シミュレーションで正確な電圧・電流を求めるために必要なことは,部品のある程度正確なモデリングです.トランスの正確なモデリングは非常に難しいのですが,ここでは手元にあった写真1のトランスを図2のようにモデリングしました.インダクタンスは,LCRメータ(1kHz)で測定した値を10倍しました.これはトランスの鉄芯は磁束密度により透磁率が大幅に変化するのを考慮したためです.
シミュレーションで正確な電圧・電流を求めるためには部品の正確なモデリングが重要.
●LTspiceで確認する全波整流回路の動作
図3は,図1をシミュレーションする回路図です.トランスは図2の値を入れ,整流ダイオードはLTspiceにモデルがあったローム製「RBR5L60A(60V・5A)」としました.
電圧と電流のシミュレーション結果を図4に示します.シミュレーションは[Transient]で行い,電源投入100秒後から40msの値を取っています.定常状態ではトランス一次側に直流電流(Average)は流れませんが,結果からは0.3%以下の直流分があります.データ取得までの時間を長くするとシミュレーション時間が長くなるので,誤差も1%以下であることからこのようにしています.
ミュレーション結果は,次のようになりました.
◎ Vout= 30.726V
◎ Pout= 62.939W
◎ Iout= 2.0484A
◎ Vr = 2.967Vp-p
◎ Ir = 3.2907Arms
◎ I2 = 3.8692Arms
◎ Iin = 0.99082Arms
Iinは,概算の1.06Armsに対し,0.99Armsと少し小さくなりましたが,近似式は十分な精度を持っていることが分かりました.
交流電力には,有効電力(W)や無効電力(var),皮相電力(VA)があります.シミュレーションで瞬時電力を求めた結果は図5になりました.
シミュレーション結果は,次のようになりました.
◎ 有効電力:71.422W
◎ 無効電力:68.674var
◎ 皮相電力:99.082VA
◎ 力 率:0.721
◎ 効 率:88.12%
◎ 内部損失:8.483W
整流ダイオードに低損失のショットキ・バリア・ダイオードを使用したにもかかわらず効率が90%以下になっています.現在では,効率90%以上なので小型・高効率のスイッチング電源の使用がほとんどになっている事情が分かります.
●整流回路は交流定格電流に対し直流出力電流を半分程度で使用する
コンデンサ入力の整流回路を実際に製作する場合には,トランス二次電流(I2)が定格の3Armsを超えて3.8692Armsと大幅に大きいことから,出力電流を小さくするか,トランスの定格を24V・4A出力以上にすることが必要です.また,平滑コンデンサの許容リプル電流が3.3Arms(Ir)も必要になります.コンデンサの耐圧は,商用100V電源の電圧変動を見込めば50Vは必要ですが,50V4700μFで許容リプル電流3.3Armsのコンデンサは入手しづらいと思われますから,50V2200μFのコンデンサを並列使用することも考える必要があります.コンデンサの耐圧とリプル電流は信頼性に大きく影響するから,充分な考慮が必要です.
結論として,このようなコンデンサ入力の整流回路は,交流定格電流(ここでは3A)に対し直流出力電流を半分程度で使用する必要があることが分かります.ただし,コンデンサC1の容量を減少させて出力リプル電圧を増加させると直流出力電流を増加させることができます.容量減少と出力電流,リプル電圧増加がどのようになるのか,また,平滑コンデンサのリプル電流がどうなるのか,シミュレーションで求めるのは簡単ですから,是非やってみてください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice3_009.zip
●データ・ファイル内容
recti_ckt01.asc:図3の回路
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