正弦波のピーク値を正確に保持できる最大の電圧は?



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■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,OPアンプを使ったピーク・ホールド回路です.ピーク・ホールド回路は,負帰還の作用により,入力信号の正の最大値をコンデンサ(C1)に保持し,OUT端子より出力します.OPアンプはLT1001で,その正側の出力ドライブ能力は,データシートの出力振幅と負荷抵抗のグラフより「RL=600Ω」のとき,出力電圧が12Vを出す性能があります.また,スルー・レートは0.25V/μsです.
 図1のピーク・ホールド回路へ10kHzの正弦波を入力した場合,その振幅の下限値は0Vから始まります.この条件で,正弦波のピーク値を正確に保持できる最大の電圧は(a)~(d)のどれでしょうか?ここで,OPアンプの電源は±15Vです.


図1 OPアンプを使った正のピーク・ホールド回路
入力信号の正の最大値をコンデンサ(C1)に保持しOUT端子から出力する.

(a)6V,(b)8V,(c)10V,(d)12V

■ヒント

 図1のピーク・ホールド回路は,コンデンサ(C1)で正の信号振幅のピーク電圧を保持します.ピーク値を正確に保持するには,C1へ充電する時間変化が,正弦波の周波数と振幅で決まる時間変化と同じ,あるいは,それ以上の速度が必要となります.
 図1で考えると,C1へ充電する時間変化は二つの要因があります.一つは,OPアンプの出力電流とC1の充電に関係する時間変化で,二つ目は,OPアンプのスルー・レートの時間変化です.スルー・レートは大振幅時のOPアンプの時間応答を表す規格です.二つの要因があることから,図1のピーク・ホールド回路が信号のピーク値を正確に保持するためには,二つの要因のどちらか遅い方で決まります.周波数10kHz,信号振幅が(a)~(d)の条件のとき,これら二つの要因のどちらで決まるかを確かめ,C1へ充電する時間変化を検討すると分かります.

 ピーク・ホールド回路は,回路システムにおいて長時間の信号の推移を検出するのに使われます.具体例は,通信システムの電波の受信信号強度を示すメータ(RSSI: Received Signal Strength Indicatorの略)や自動利得制御(AGC: Auto Gain Controlの略)などです.

■解答


(b)8V

 図1において,入力信号をVIN(t),OPアンプの出力電流をIO,スルー・レートをSRとします.入力信号の時間変化は「dVIN(t)/dt」です.図1が正確にピーク値を保持するには,コンデンサ(C1)へ充電する時間変化は「dVIN(t)/dt」より速いことが必要です.コンデンサ(C1)へ充電する時間変化は,ヒントで述べた,OPアンプの出力電流とC1の充電に関係する時間変化,また,OPアンプのスルー・レートの時間変化の二つがあり,式1と式2の関係になります.図1では,式1のIO/C1の時間変化,もしくは,式2のSRの時間変化のどちらか遅い方で決まります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 まず,式1のIO/C1と,式2のSRはどちらが遅いかを検討します.OPアンプの出力電流(IO)の見積もりは,LT1001の「出力振幅と負荷抵抗」を示すデータシート(図2)より求めます.出力振幅と負荷抵抗の特性は,OPアンプの出力ドライブ能力を示しており,出力電圧と負荷抵抗より出力電流を算出できます.出力が飽和しない領域で,グラフの読みやすいところから出力電流を計算すると,負荷抵抗(RL)が600Ωのとき,正側の出力電圧は12Vを得られる性能ですから「IO=20mA」となります.よって,IOが20mAで,C1が100pFより「IO/C1=200V/μs」の時間変化となります.一方,スルー・レートは,データシートの規格値より0.25V/μsですので,図1の時間変化は,OPアンプのスルー・レートで決まります.


図2 LT1001の出力振幅と負荷抵抗特性
OPアンプの出力電流(IO)の見積もりはLT1001のデータシートP5の出力振幅と負荷抵抗特性から求める.

 次に,周波数がf,peak to peakの振幅がVPPの正弦波の最大時間変化を求めます.入力信号の正弦波は式3となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3の時間に対する最大変化は,微分することにより求まり,式4となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4の最大変化は「COS(2πft)=1」のときですので,式5となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5へ(a)~(d)の値を入れて計算すると,各振幅値の最大時間変化は次のようになります.

(a) f=10kHz,VPP=6Vのとき, dVIN(t)/dt =0.19V/μs
(b) f=10kHz,VPP=8Vのとき, dVIN(t)/dt =0.25V/μs
(c) f=10kHz,VPP=10Vのとき,dVIN(t)/dt =0.31V/μs
(d) f=10kHz,VPP=12Vのとき,dVIN(t)/dt =0.38V/μs

 以上の結果と式2より,(c)と(d)は,式2の大小関係が成り立たず,信号の最大時間変化にスルー・レートの時間変化が追いつきません.(a)と(b)は式2の大小関係を満たしており,また,問題は,正確に正弦波のピーク値を保持できる最大の電圧なので,(b)の8Vとなります.

■解説

●ダイオードを使ったピーク・ホールド回路が基本
 図3は,回路が簡単でよく用いられるダイオードを使ったピーク・ホールド回路の基本形です.図3の動作は,入力信号からダイオード(D1)の順方向電圧を引いた電圧がC1に印加され,逆に入力電圧が低くなると,ダイオードが逆バイアスになり,OFFしてC1で保持した電圧を出力します.C1の放電先は負荷抵抗(RL)で,保持した電圧は徐々に下がります.


図3 ダイオードを使ったピーク・ホールド回路
回路が簡単でよく用いられるが,保持した電圧は徐々に下がる.

 図4がシミュレーション結果で,図1と同じように入力信号は周波数10kHzの正弦波で,振幅は問題の(a)~(d)とし,入力信号と出力信号の波形を示します.保持した電圧が徐々に下がる様子が図4から分かります. 回路が簡単でよく用いられますが,保持する電圧は入力電圧よりダイオードの順方向電圧分だけ下がり,また,長時間のピーク・ホールドには向きません.この欠点を解消するために,図1のOPアンプを使ったピーク・ホールド回路が使用されます.


図4 図3のシミュレーション結果
長時間のピーク・ホールドに向かないことが分かる.

●OPアンプとダイオードを使ったピーク・ホールド回路
 図5は,図1をシミュレーションする回路です.図5を用いて,回路の定性的な動作の解説から始めます.図3のダイオードを使ったピーク・ホールド回路と同様に,OPアンプ(U1)の出力電圧が,コンデンサ(C1)の電圧より高いとき,あるいは,低いときで,ダイオード(D1)がスイッチとなり,二つの回路の状態があります.


図5 図1をシミュレーションする回路
ダイオード(D1)がスイッチとなり,二つの回路の状態がある.

OPアンプの出力がコンデンサの電圧より高いとき
 図5でOPアンプの出力がコンデンサの電圧より高いとき,OPアンプ(U1)と(U2)を使ったボルテージ・ホロワ回路の動作となります.これにより,出力は入力信号と同じ波形になり,C1は逐次入力電圧のピークを保持します.入力信号を正確にC1で保持して出力するには,解答で計算したように,式1と式2の関係が必要となります.

OPアンプの出力がコンデンサの電圧より低いとき
 図5でOPアンプの出力がコンデンサの電圧より低いとき,D1が逆バイアスとなりOFFします.C1で保持された電圧は,OPアンプ(U2)のボルテージ・ホロワ回路で保持した電圧を出力します.C1の放電先は,ダイオード(D1)の漏れ電流と,OPアンプ(U2)の入力バイアス電流です.LT1001は,JFET入力のOPアンプですので,入力バイアス電流を小さな値にできます.ダイオード(D2)は,OPアンプ(U1)の出力が飽和しないように,U1の反転端子の電圧からダイオードの順方向電圧だけ下がった電圧に固定します.このときダイオードに流れる電流は,出力電圧をVOUT,入力電圧をVINとすれば,おおよそ「ID2=(VOUT-VIN)/R1」となります.

 図6は,図5のシミュレーション結果です.入力は問題の(a)~(d)の入力電圧波形となるように「.stepコマンド」で与えたシミュレーション結果となります.入力電圧のPeak to Peakの振幅が4Vと8Vは,式1と式2の条件を満たし,回路は入力信号に追随しますので,入力信号のピークを保持しています.入力電圧の振幅が10V,12Vでは,式2が成り立たないので入力信号に追随せず,C1で保持した電圧に誤差が発生することがわかります.


図6 図5のシミュレーション結果
10VPP,12VPPの入力信号のとき,信号の立ち上がりで出力波形が追随していない.また,保持しているピーク値は誤差がある.

●スルー・レートが高速のOPアンプに変更したピーク・ホールド回路
 図7は,図5のOPアンプをLT1022へ変更した回路です.LT1022はJFET入力のOPアンプで,そのスルー・レートは最小で23V/μsの性能です.データシートに「出力振幅と負荷抵抗」のグラフはありませんが,電気的特性の「Output Voltage Swing」より負荷抵抗(RL)が2kΩのとき,出力電圧は最小で±12Vのドライブ能力があります.なので,出力電流は最小で±6mAは得られることが分かります.よって「IO/C1=60V/μs」と見積もれます.以上より,問題の(a)から(d)の入力信号は,式1と式2の両方を満たします.


図7 高速のOPアンプに変更したピーク・ホールド回路
OPアンプを「SR=23V/μs」の性能があるLT1022へ変えた場合.

 図8は,図7のシミュレーション結果です.(a)~(d)の入力信号全てで,回路は入力信号に追随しますので,入力信号のピークを保持しています.


図8 図7のシミュレーション結果
全ての入力信号のピークを保持している.

 ここでは触れませんでしたが,ピーク・ホールド回路をリセットして,新たに信号のピーク値を保持するときは,コンデンサを放電するトランジスタをC1と並列に接続します.また,図1のピーク・ホールド回路はOPアンプに同相入力電圧が加わるため,同相信号除去比(CMRR)による誤差についての検討も必要です.負帰還の安定性で考えると,C1はOPアンプ(U1)の容量性負荷になります.出力が発振するときは,D2と並列,R1と並列に補償用のコンデンサを入れ,回路が安定するように検討してください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_044.zip

●データ・ファイル内容
PeakHold.asc:図5の回路
PeakHold_High_SR.asc:図7の回路

■LTspice関連リンク先


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