正弦波のピーク値を正確に保持できる最大の電圧は?
図1は,OPアンプを使ったピーク・ホールド回路です.ピーク・ホールド回路は,負帰還の作用により,入力信号の正の最大値をコンデンサ(C1)に保持し,OUT端子より出力します.OPアンプはLT1001で,その正側の出力ドライブ能力は,データシートの出力振幅と負荷抵抗のグラフより「RL=600Ω」のとき,出力電圧が12Vを出す性能があります.また,スルー・レートは0.25V/μsです.
図1のピーク・ホールド回路へ10kHzの正弦波を入力した場合,その振幅の下限値は0Vから始まります.この条件で,正弦波のピーク値を正確に保持できる最大の電圧は(a)~(d)のどれでしょうか?ここで,OPアンプの電源は±15Vです.
入力信号の正の最大値をコンデンサ(C1)に保持しOUT端子から出力する.
図1のピーク・ホールド回路は,コンデンサ(C1)で正の信号振幅のピーク電圧を保持します.ピーク値を正確に保持するには,C1へ充電する時間変化が,正弦波の周波数と振幅で決まる時間変化と同じ,あるいは,それ以上の速度が必要となります.
図1で考えると,C1へ充電する時間変化は二つの要因があります.一つは,OPアンプの出力電流とC1の充電に関係する時間変化で,二つ目は,OPアンプのスルー・レートの時間変化です.スルー・レートは大振幅時のOPアンプの時間応答を表す規格です.二つの要因があることから,図1のピーク・ホールド回路が信号のピーク値を正確に保持するためには,二つの要因のどちらか遅い方で決まります.周波数10kHz,信号振幅が(a)~(d)の条件のとき,これら二つの要因のどちらで決まるかを確かめ,C1へ充電する時間変化を検討すると分かります.
図1において,入力信号をVIN(t),OPアンプの出力電流をIO,スルー・レートをSRとします.入力信号の時間変化は「dVIN(t)/dt」です.図1が正確にピーク値を保持するには,コンデンサ(C1)へ充電する時間変化は「dVIN(t)/dt」より速いことが必要です.コンデンサ(C1)へ充電する時間変化は,ヒントで述べた,OPアンプの出力電流とC1の充電に関係する時間変化,また,OPアンプのスルー・レートの時間変化の二つがあり,式1と式2の関係になります.図1では,式1のIO/C1の時間変化,もしくは,式2のSRの時間変化のどちらか遅い方で決まります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
まず,式1のIO/C1と,式2のSRはどちらが遅いかを検討します.OPアンプの出力電流(IO)の見積もりは,LT1001の「出力振幅と負荷抵抗」を示すデータシート(図2)より求めます.出力振幅と負荷抵抗の特性は,OPアンプの出力ドライブ能力を示しており,出力電圧と負荷抵抗より出力電流を算出できます.出力が飽和しない領域で,グラフの読みやすいところから出力電流を計算すると,負荷抵抗(RL)が600Ωのとき,正側の出力電圧は12Vを得られる性能ですから「IO=20mA」となります.よって,IOが20mAで,C1が100pFより「IO/C1=200V/μs」の時間変化となります.一方,スルー・レートは,データシートの規格値より0.25V/μsですので,図1の時間変化は,OPアンプのスルー・レートで決まります.
次に,周波数がf,peak to peakの振幅がVPPの正弦波の最大時間変化を求めます.入力信号の正弦波は式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3の時間に対する最大変化は,微分することにより求まり,式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4の最大変化は「COS(2πft)=1」のときですので,式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式5へ(a)~(d)の値を入れて計算すると,各振幅値の最大時間変化は次のようになります.
(b) f=10kHz,VPP=8Vのとき, dVIN(t)/dt =0.25V/μs
(c) f=10kHz,VPP=10Vのとき,dVIN(t)/dt =0.31V/μs
(d) f=10kHz,VPP=12Vのとき,dVIN(t)/dt =0.38V/μs
以上の結果と式2より,(c)と(d)は,式2の大小関係が成り立たず,信号の最大時間変化にスルー・レートの時間変化が追いつきません.(a)と(b)は式2の大小関係を満たしており,また,問題は,正確に正弦波のピーク値を保持できる最大の電圧なので,(b)の8Vとなります.
●ダイオードを使ったピーク・ホールド回路が基本
図3は,回路が簡単でよく用いられるダイオードを使ったピーク・ホールド回路の基本形です.図3の動作は,入力信号からダイオード(D1)の順方向電圧を引いた電圧がC1に印加され,逆に入力電圧が低くなると,ダイオードが逆バイアスになり,OFFしてC1で保持した電圧を出力します.C1の放電先は負荷抵抗(RL)で,保持した電圧は徐々に下がります.
回路が簡単でよく用いられるが,保持した電圧は徐々に下がる.
図4がシミュレーション結果で,図1と同じように入力信号は周波数10kHzの正弦波で,振幅は問題の(a)~(d)とし,入力信号と出力信号の波形を示します.保持した電圧が徐々に下がる様子が図4から分かります. 回路が簡単でよく用いられますが,保持する電圧は入力電圧よりダイオードの順方向電圧分だけ下がり,また,長時間のピーク・ホールドには向きません.この欠点を解消するために,図1のOPアンプを使ったピーク・ホールド回路が使用されます.
長時間のピーク・ホールドに向かないことが分かる.
●OPアンプとダイオードを使ったピーク・ホールド回路
図5は,図1をシミュレーションする回路です.図5を用いて,回路の定性的な動作の解説から始めます.図3のダイオードを使ったピーク・ホールド回路と同様に,OPアンプ(U1)の出力電圧が,コンデンサ(C1)の電圧より高いとき,あるいは,低いときで,ダイオード(D1)がスイッチとなり,二つの回路の状態があります.
ダイオード(D1)がスイッチとなり,二つの回路の状態がある.
OPアンプの出力がコンデンサの電圧より高いとき
図5でOPアンプの出力がコンデンサの電圧より高いとき,OPアンプ(U1)と(U2)を使ったボルテージ・ホロワ回路の動作となります.これにより,出力は入力信号と同じ波形になり,C1は逐次入力電圧のピークを保持します.入力信号を正確にC1で保持して出力するには,解答で計算したように,式1と式2の関係が必要となります.
OPアンプの出力がコンデンサの電圧より低いとき
図5でOPアンプの出力がコンデンサの電圧より低いとき,D1が逆バイアスとなりOFFします.C1で保持された電圧は,OPアンプ(U2)のボルテージ・ホロワ回路で保持した電圧を出力します.C1の放電先は,ダイオード(D1)の漏れ電流と,OPアンプ(U2)の入力バイアス電流です.LT1001は,JFET入力のOPアンプですので,入力バイアス電流を小さな値にできます.ダイオード(D2)は,OPアンプ(U1)の出力が飽和しないように,U1の反転端子の電圧からダイオードの順方向電圧だけ下がった電圧に固定します.このときダイオードに流れる電流は,出力電圧をVOUT,入力電圧をVINとすれば,おおよそ「ID2=(VOUT-VIN)/R1」となります.
図6は,図5のシミュレーション結果です.入力は問題の(a)~(d)の入力電圧波形となるように「.stepコマンド」で与えたシミュレーション結果となります.入力電圧のPeak to Peakの振幅が4Vと8Vは,式1と式2の条件を満たし,回路は入力信号に追随しますので,入力信号のピークを保持しています.入力電圧の振幅が10V,12Vでは,式2が成り立たないので入力信号に追随せず,C1で保持した電圧に誤差が発生することがわかります.
10VPP,12VPPの入力信号のとき,信号の立ち上がりで出力波形が追随していない.また,保持しているピーク値は誤差がある.
●スルー・レートが高速のOPアンプに変更したピーク・ホールド回路
図7は,図5のOPアンプをLT1022へ変更した回路です.LT1022はJFET入力のOPアンプで,そのスルー・レートは最小で23V/μsの性能です.データシートに「出力振幅と負荷抵抗」のグラフはありませんが,電気的特性の「Output Voltage Swing」より負荷抵抗(RL)が2kΩのとき,出力電圧は最小で±12Vのドライブ能力があります.なので,出力電流は最小で±6mAは得られることが分かります.よって「IO/C1=60V/μs」と見積もれます.以上より,問題の(a)から(d)の入力信号は,式1と式2の両方を満たします.
OPアンプを「SR=23V/μs」の性能があるLT1022へ変えた場合.
図8は,図7のシミュレーション結果です.(a)~(d)の入力信号全てで,回路は入力信号に追随しますので,入力信号のピークを保持しています.
全ての入力信号のピークを保持している.
ここでは触れませんでしたが,ピーク・ホールド回路をリセットして,新たに信号のピーク値を保持するときは,コンデンサを放電するトランジスタをC1と並列に接続します.また,図1のピーク・ホールド回路はOPアンプに同相入力電圧が加わるため,同相信号除去比(CMRR)による誤差についての検討も必要です.負帰還の安定性で考えると,C1はOPアンプ(U1)の容量性負荷になります.出力が発振するときは,D2と並列,R1と並列に補償用のコンデンサを入れ,回路が安定するように検討してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_044.zip
●データ・ファイル内容
PeakHold.asc:図5の回路
PeakHold_High_SR.asc:図7の回路
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
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