誤差が大きい理想ダイオード回路はどれ?
図1の(a)~(d)の回路は,OPアンプとダイオードを使ったゲイン1倍の基本的な理想ダイオード回路です.(a)~(d)の回路は,理想ダイオード回路の誤差要因となる,入力オフセット電圧(VOS=2mV)の有無,入力バイアス電流(IB=100nA)の有無,OPアンプのオープン・ループ・ゲイン(60dBまたは80dB)を組み合わせた回路です.
誤差要因となる,入力オフセット電圧,入力バイアス電流,オープン・ループ・ゲインが違う.
図2は,図1のいずれかの入出力特性です.入力電圧と出力電圧の0Vを中心に拡大して示しました.破線が誤差要因がない入出力特性です.青の実線が(a)~(d)いずれかの入出力特性で,特性に誤差があります.ダイオードの順方向電圧を430mVとし,図2の特性になるのは,(a)~(d)どの回路でしょうか?
破線が誤差要因がないときの入出力特性,青の実線が(a)~(d)いずれかの入出力特性.誤差要因のある回路の入出力特性は,誤差のないときと比べるとずれている.出力電圧が0Vとなる入力電圧は-1.58mV,また,入力電圧が理想ダイオード回路の折れ点より低い電圧時の出力電圧は-1mVとなっている.
図1中のOPアンプ出力に接続されたダイオードは,理想ダイオード回路の入力電圧が0V以上で導通し,0V以下では導通しないスイッチの働きがあります.これ以降,導通している状態をダイオードがON,導通しない状態をダイオードがOFF,その切り替わりを折れ点と呼びます.
理想ダイオード回路は,入力条件(VIN>0,VIN<0)で回路の接続が変わります.「VIN<0」のときは,ダイオードがOFFであり,出力電圧に現れる誤差は入力バイアス電流が関係します.「VIN>0」のときは,ダイオードがONし,回路の接続が変わる折れ点では,OPアンプのダイオードの順方向電圧とオープン・ループ・ゲイン,さらに,入力オフセット電圧が関係します.
図3は,図1の回路(a)です.ダイオードのON/OFFにより回路の接続が変わりますから「VIN<0,VIN>0」の状態について検討します.
ダイオードのON/OFFにより回路の接続が変わる.
「VIN<0」のときダイオードはOFFです.そのため,OPアンプの出力とOUT端子間はオープンの状態になります.このとき,OPアンプは負の電源付近まで飽和します.IBは,OPアンプ出力が飽和したときの入力バイアス電流です.ダイオードがOFFなので,負帰還はかかりません.この状態では入力バイアス電流が誤差要因であり,OUT端子の電圧は,入力バイアス電流(IB)と負荷抵抗(RL)により決まり,式1となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図1の回路(a)と(c)は「IB=100nA,RL=10kΩ」で「VIN<0」のとき「VOUT=-(100nA)(10kΩ)=-1mV」となります.この電圧が,図2のB点の出力電圧です.(b)と(d)は,入力バイアス電流がありませんから出力電圧はGND(0V)です.したがって,図2の特性になるのは(a)と(c)のどちらかになります.
「VIN>0」のときダイオードはONです.そのため,OUT端子の電圧は,OPアンプの出力電圧から順方向電圧(VF)分下がります.このとき,式2と式3の関係となります.ここでΔVdは,オペアンプの二つの入力端子間の差電圧です.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式2と式3より,出力端子の電圧を求めると,式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
AはOPアンプのオープン・ループ・ゲインであり,1よりも十分大きな値ですので,「(1+A)=A」と近似すると,式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
VFは,図1の回路の状態で測定すると「VF=430mV」です.式5を使い,図2のA点の「VOUT=0V」のとき,入力電圧が「VIN=-1.58mV」となるのは,回路(a)の「VIN=430mV/1000-2mV=-1.57mV」となります.(1000はOPアンプのオープン・ループ・ゲイン60dBのこと)
図1(d)は入力バイアス電流,入力オフセット電圧がありません.なので,誤差要因はオープン・ループ・ゲインだけなので,誤差が一番少ない回路となります.
以上より,理想OPダイオード回路の入出力特性が図2となるのは,回路(a)となります.
●特性を改善するのが理想ダイオード回路
図4は,ダイオード(D1)と抵抗(RL)を使った整流回路の入出力特性です.受動部品だけで作ることができ,電源も必要なく,回路もシンプルなことから用いられます.ダイオードのカソードはRLを介してGNDに接続されており,入力電圧がダイオードの順方向電圧より高いときは導通して電流が流れ,低いときは電流が流れないため,ダイオード(D1)がスイッチとして働きます.
図4の整流回路はダイオードの順方向電圧が切り替わる電圧となるため,入力電圧が0Vからの整流回路になりません.また,ダイオードが順方向になるとき,図4から分かるように,入力電圧が0.5V付近から緩やかに出力電圧が変化します.これらの特性を改善するのが理想ダイオード回路です.
受動部品だけで作ることができ,電源も必要なく,回路もシンプルなことから用いられる.
●三つの誤差要因が回路へ与える影響
図1の理想ダイオード回路には,誤差要因となる入力バイアス電流,入力オフセット電圧,OPアンプのオープン・ループ・ゲインがあります.この三つの誤差が回路へ与える影響について考察します.
(1)入力バイアス電流
「VIN<0」のとき,ダイオードはOFFとなり,OPアンプの出力と出力端子はオープンの状態になります.このとき,OPアンプ出力はオープンですので,最大出力電圧の下限値まで下がり,飽和します.この状態の入力バイアス電流が図1のIBに相当します.入力バイアス電流はRLに流れ,式1のように電圧降下を発生させ,出力の誤差電圧として現れます.負荷抵抗は回路ごとに変わりますので,特に負荷抵抗が大きなときは,入力バイアス電流が小さなOPアンプを選ぶことになります.OPアンプの出力が最大振幅の下限値で飽和させない対策については後述します.
(2)入力オフセット電圧
「VIN>0」のとき,ダイオードはONですので,回路はボルテージ・フォロワの動作をします.これより折れ点より高い入力電圧のとき,ゲインが1倍の傾きになります.実際は解答で計算した式5の右辺第二項ように,出力は入力オフセット電圧の分だけシフトします.図1(a)と(b)の整流回路を理想の特性に近づけるためには,入力オフセット電圧の小さいOPアンプを選ぶことが大切です.
(3)OPアンプのオープン・ループ・ゲイン
「VIN>0」のとき,ダイオードはONして,ボルテージ・フォロワ回路の負帰還ループの中に入ります.負帰還ループの中に入ると,ダイオードの順方向電圧(VF)は,式5の右辺第三項のように,オープン・ループ・ゲインで除算した値にみえます.このように,整流に必要なダイオードの順方向電圧が小さく見えるため,入力電圧0Vに近い値で整流を始めます.厳密にはOPアンプのオープン・ループ・ゲインは有限値ですので誤差が生じます.
●理想ダイオード回路の特性をLTspiceで確かめる
図5は,図1をシミュレーションする回路です.解説で計算したように,三つの誤差要因は,整流回路の入力電圧が0Vから僅かにずれます.これらをシミュレーションで確かめるのが目的です.
三つの誤差要因をシミュレーションで確かめる.
図6は,図5のシミューション結果です.「VIN<0」の条件で,入力バイアス電流がある(a)と(c)は,-1mVになっているのが分かります.「VIN>0」の条件では,式5に示す三つの誤差要因による影響で入力電圧と出力電圧が変化します.回路の入出力特性が,「入力電圧0V以上で整流を始め,そのときの出力電圧は0Vから始まる」が欲しい特性です.なので,(a)~(d)の回路の中では,(a)が誤差が大きいことが分かります.
●飽和を防ぐ理想ダイオード回路
図7は,反転型理想ダイオード回路です.三つの誤差要因は「VOS=2mV,IB=100nA,A=80dB」としました. ダイオード(D2)は,OPアンプの出力を飽和させない対策で,「VIN>0」のとき,ダイオード(D1)に電流が流れない代わりに,ダイオード(D2)から電流が流れ,OPアンプの出力端子は,反転端子からVFだけ下がった電圧に固定し,飽和することを防いでいます.
ダイオード(D2)は,OPアンプの出力を飽和させない対策.
図7の入出力特性は,「VIN<0」のとき,ダイオード(D1)がONし,そのときの順方向電圧をVFとすると式6となります.ここでβは「β=R1/(R1+R2)」,NGはノイズゲインであり「NG=1/β」です.
・・・・・・・・(6)
「Aβ>>1」とすれば「1+Aβ=Aβ」と近似して式7となります.ここで式7の出力電圧計算値は,「VIN=0V」で「VF=480mV」のときの,出力電圧です.式7より,ダイオードD1がONしたときは反転増幅器ですので,入力から出力へのゲインは「-R2/R1」となります.
・・・・・・・・(7)
次に「VIN>0」を考えます.この回路の出力電圧と入力電圧の関係は,式8となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
OPアンプのオープン・ループ・ゲインAが「A>>1」ですので,「1+A=A」と近似すると,式9となります.VFはダイオード(D2)の順方向電圧で「VF=430mV」としました.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
図8は,図7のシミュレーション結果です.反転型の理想ダイオード回路であり,図6とは出力の極性が反対になっています.式7を用いて入力電圧が0Vの出力電圧と,「VIN>0」の条件で,ダイオード(D1)に電流が流れないときの出力を調べると,シミュレーション結果と一致していることが分かります. このように反転型理想ダイオード回路も,三つの誤差要因で出力電圧は変化します.反転理想ダイオード回路の応用回路は「全波整流出力が得られる回路はどっち? 2015年5月15日配信」をご参照ください.
反転型理想ダイオード回路も,三つの誤差要因で出力電圧は変化する.
●折れ点を任意の電圧へ変える回路
図9は,図7の反転理想ダイオード回路へR3を追加し,反転型の加算回路とすることで,理想ダイオード回路の折れ点を,R3に印加する電圧(VB)で制御する回路です.
反転型の加算回路とする.
図9の「VIN<0」における入出力特性は,式10,式11より,式12となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
「R1=R3」とすれば式13となり,入力電圧はVB分だけ下駄を履かせた状態であり,この効果によりD1のダイオードがONする条件が変わるため,理想ダイオード回路の折れ点がVBの電圧で制御できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
図10は,図9のシミュレーション結果です.B点の電圧は「.stepコマンド」で0V,1V,2V,3Vの4種類を変化させた結果です.このように反転型理想ダイオード回路の整流を始める折れ点は,B端子から印加する電圧で制御できていることが分かります.
反転型理想ダイオード回路の整流を始める折れ点は,B端子から印加する電圧で制御できる.
図11は,図9の回路で入力端子へ振幅5V,周波数1kHzの正弦波を印加し,B端子の電圧を0V,1V,2V,3Vとして正弦波の整流がどうかわるか調べる回路です.
正弦波の整流がどうかわるか調べる回路.
図12は,図11のシミュレーション結果です.青の波形が出力電圧です. このように,B端子の印加電圧により,理想ダイオードの折れ点が変化し,整流を始める電圧が変化していることが分かります.
「B」のバイアス電圧により,整流する電圧が変化している.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_040.zip
●データ・ファイル内容
ideal_Dx.asc:図5の回路
inv_ideal_Dx.asc:図7の回路
inv_ideal_Dx_2.asc:図9の回路
inv_ideal_Dx_2_Tran.asc:図11の回路
OP1.asc:理想OPアンプ回路1
OP2.asc:理想OPアンプ回路2
OP1.asy:理想OPアンプ回路1のシンボル
OP2.asy:理想OPアンプ回路2のシンボル
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs