特性変動の大きいダメなAB級パワーアンプはどれ?
図1の回路(A)~(D)は,OPアンプとトランジスタを組み合わせたAB級オーディオ・パワーアンプです.ゲインは,20dB(10倍)に設定されています.乾電池を6本使用して正負電源を構成しており,4Ωのスピーカで1W以上の出力を出すことができます.(A)~(D)の回路は,出力トランジスタ(Q1,Q2)をAB級動作とするための,バイアス回路の構成が異なっています.乾電池1本あたりの電圧が0.9V~1.6Vまで変動したとき,アイドル電流の変動が一番大きい(特性変動が大きい)回路は(A)~(D)のどれでしょうか.
乾電池の電圧が変動したとき,アイドル電流の変動が一番大きいのは?
トランジスタのコレクタ電流はベース・エミッタ間電圧の大きさによって指数関数的に増加します.また,トランジスタのベース・エミッタ間電圧およびダイオードの順方向電圧は,流れる電流に対して対数的な変化をします.これを踏まえて,(A)~(D)を眺めると答えがわかります.
回路(A)のトランジスタQ1,Q2のベース・エミッタ間電圧は電源電圧を「R3+R4」と「R5+R6」で分圧したものになります.そのため,Q1,Q2のコレクタ電流は,電源電圧の変化に対して指数関数的に変化することになり,大きく変動します.
回路(B)は,D1,D2およびQ1,Q2がカレント・ミラーとして動作します.回路(C)と(D)は,Q3,Q4とQ1,Q2がカレント・ミラーとして動作します.そのためQ1,Q2の電流はR3に流れる電流に比例します.電源電圧が変化することでR3の電流も電源電圧に比例して変化し,Q1,Q2の電流も変化します.しかし,それほど急激な変化はしません.したがって正解は(A)ということになります.
回路(A)はアイドル電流の変動が大きいという問題があるため,オーディオ・パワーアンプではあまり使われません.回路(B)が最も基本的な回路で,回路(C)はその改良タイプです.そして,ひずみ特性等をもっとも良くできるのは回路(D)ということになります.
●クロスオーバひずみを改善するAB級増幅回路
AB級増幅回路は,B級増幅回路のクロスオーバひずみが大きいという欠点を改良するために考案された回路です.(LTspiceアナログ電子回路入門 037 ―― B級パワーアンプ,トランジスタの消費電力?はいくつ?を参照)
無信号時にも出力トランジスタに電流が流れるようなバイアス回路を追加し,クロスオーバひずみを改善しています.そのバイアス回路には様々な方法があります.今回は(A)~(D)の4種類の回路について解説します.
●回路(A)のアイドル電流の算出方法
図2は,回路(A)のアイドル電流を計算するための回路図です.
A点とB点の電圧差をVABとする.
図2においてA点とB点の電圧差をVABとします.また,トランジスタQ1,Q2の逆方向飽和電流をそれぞれISN,ISPとし,ベース・エミッタ間電圧をVBE1,VBE2とします.Q1,Q2のコレクタ電流は等しいものとして,これをICとするとICは式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ただし,K:ボルツマン定数,T:絶対温度,q:電子電荷
VABは,VBE1とVBE2を足したものなので式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
正負電源の絶対値をそれぞれVcc,VeeとするとVABは式3で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式2,式3から,VBE1,VBE2は電源電圧によって変化することがわかります.また式1より,ICはVBEの増加に対して指数関数的に電流が増加します.そのため,ICは電源電圧の変化に対して指数関数的に電流が変化することがわかります.
回路(A)は,電源電圧が上がると無駄なアイドル電流が流れ,電源電圧が下がると急激にアイドル電流が減って,クロスオーバーひずみが大きくなるというように,特性の変動が大きい回路です.
●回路(B)のアイドル電流の算出方法
図3は,回路(B)のアイドル電流を計算するするための回路図です.
A点とB点の電圧差をVABとする.
図3においてA点とB点の電圧差をVABとし,R3,R4に流れる電流をIR3とします.また,ダイオードの逆方向飽和電流をISDとするとVABは式4で表されます.
・・・・・・・・・・・・・(4)
式4を変形すると式5になり,さらに変形すると式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6からわかるように,トランジスタのコレクタ電流とR3に流れる電流の比は,トランジスタとダイオードの逆方向飽和電流の比で決まります.これは,D1,D2およびQ1,Q2がカレント・ミラーとして動作していることになります.また,逆方向飽和電流の比で電流比が決まるということは,ダイオードとトランジスタに,どのような型番のものを使用するかによって,アイドル電流が決まることになります.
R3に流れる電流は,ダイオードの順方向電圧をVDとすると,式7のように電源電圧に比例した電流となります.そのため,トランジスタのコレクタ電流も電源電圧に比例したものになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
●回路(C)のアイドル電流の算出方法
図4は,回路(C)のアイドル電流を計算するするための回路図です.
A点とB点の電圧差をVABとする.
回路(C)のA点とB点の電圧差をVABとし,R3,R4に流れる電流をIR3とすると,VABは式8で表されます.
・・・・・・(8)
式8を変形すると式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
さらに,変形すると式10のようにIR3とICが等しくなることがわかります.これはQ3,Q4とQ1,Q2が1対1のカレント・ミラーとして動作していることになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
また,R3に流れる電流はQ3,Q4のベース・エミッタ間電圧をそれぞれVBE3,VBE4とすると,式11のように電源電圧に比例した電流となります.そのため,トランジスタのコレクタ電流も電源電圧に比例したものになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
●回路(D)のアイドル電流の算出方法
図5は,回路(D)のアイドル電流を計算するするための回路図です.
A点とB点の電圧差をVABとする.
回路(D)は,OPアンプの出力にエミッタ・フォロアのQ4が接続され,その出力にトランジスタQ1のベースが接続されています.また,OPアンプの出力にはエミッタ・フォロアのQ3も接続され,その出力にトランジスタQ2のベースが接続されています.OPアンプはQ3,Q4のベース電流だけを出力すればよいことになります.そのため,回路(D)は,四つの回路の中で最もOPアンプの負荷が軽い回路です.構成は図4の回路とは異なっていますが,A点とB点の電圧の差VABに関して式を立てると,式12のように式8に似た式になります.
・・・・・(12)
ここで,「IR3=IR4」とすると,式12は式13のように変形することが可能です.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
式13をさらに変形すると式14になり,IR3とICが等しくなることがわかります.これはQ3,Q4とQ1,Q2が1対1のカレント・ミラーとして動作していると見ることができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)
また,R3に流れる電流は,無信号時にOPアンプの出力電圧はGNDと等しいことから式15で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)
式14,式15より,回路(D)のアイドル電流も電源電圧に比例したものになることがわかります.
●アイドル電流の電源電圧依存性をLTspiceで確認する
図6は,図1の(A)~(D)の回路で乾電池の電圧が変化したときのアイドル電流をシミュレーションするための回路です.乾電池は使用していると徐々に電圧が低下して行きます.そのため,電池1本あたり,0.9V~1.6V程度の電圧変動を見込む必要があります.
6個ある電池の1本あたりの電圧をVcellという変数とし,「.step」で0.9V~1.6Vまで変化させるシミュレーションを行います.結果を比較しやすくするため,四つの回路をひとつにまとめています.
電池の電圧をVcellという変数とし,「.step」で0.9V~1.6Vまで変化させる.
図7が図6のシミュレーション結果です.それぞれQ1のコレクタ電流を表示していますが,回路(A)は電池電圧の変化に対するアイドル電流の変化が大きいことがわかります.
回路(B)~(D)は電池電圧の変化に対するアイドル電流の変化は緩やかです.また回路(B)~(D)は周囲温度の変化による電流変化も小さいという特徴があります.
バイアス段のダイオードやトランジスタの温度係数と,出力トランジスタの温度係数が打消しあうためです.実際に製作する場合は,回路(B)~(D)のQ1,Q2はQ3,Q4又はD1,D2と同じ温度で動作することが望ましく,素子を密着させる等,実装上の工夫が必要になります.
電池電圧の変化に対し,回路(A)はアイドル電流の変化が大きい.
●正弦波を入力したときの出力波形をLTspiceで確認する
最後に回路(A)~(D)に正弦波を入力したときの出力波形をシミュレーションしてみます.図8がシュミレーション用の回路で,入力に0.56VPPで1kHzの正弦波を加えています.
入力に0.56VPPで1kHzの正弦波を加えている.
図9がそのシミュレーション結果です.(A)~(D)すべて同じ波形となっており,5.6VPPの正弦波が出力できていることが分かります.
回路(A)~(D)すべて同じ波形で5.6PPの出力が得られている.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_039.zip
●データ・ファイル内容
OPamp_ClassAB_Idle.asc:図6の回路
OPamp_ClassAB_Tran.asc:図8の回路
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