B級パワーアンプ,トランジスタの消費電力はいくつ?
図1は,4Ωの負荷で10Wを出力することのできる,B級パワーアンプの出力部分のみを取り出して簡略化した回路です.NPNトランジスタとPNPトランジスタで構成しています.この回路に,出力が約10W(出力電圧6.3Vrms)となるような1kHzの信号を加えました.このとき,トランジスタQ1およびQ2の消費電力の合計値として最も近いのは,次の(A)~(D)のどれでしょう?
4Ω負荷で10Wを出力している.
トランジスタの消費電力は,コレクタ・エミッタ間の電圧とコレクタ電流を掛け合わせたものです.出力電圧の変化によって,それぞれのトランジスタのコレクタ電流と,コレクタ・エミッタ間の電圧がどのように変化するのかを考え,負荷抵抗で発生する電力と比較すれば,答えがわかります.
図1の回路は,B級パワーアンプなので,無信号時にトランジスタには電流が流れていません.出力信号が正側に振れたとき,トランジスタQ1が負荷抵抗(RL)に電流を供給するためQ2に電流が流れません.出力信号が大きいほどRLに流れる電流が大きくなり,コレクタ電流も大きくなりますが,コレクタ・エミッタ間電圧は小さくなります.
また,出力信号が負側に振れたとき,Q1には電流が流れず,Q2がRLに流れる電流を供給します.Q2のコレクタ電流も信号が大きいほど大きくなり,コレクタ・エミッタ間電圧は小さくなります.
このような動作を踏まえて,B級パワーアンプで最大出力を出しているときの,トランジスタの消費電力を計算すると,負荷で発生する電力の27%になります.最大出力10Wのアンプでは2.7Wです.(A)~(D)で2.7Wに一番近いのは(A)の3Wです.そのため正解は(A)ということになります.
●B級パワーアンプの動作
トランジスタの消費電力を計算する前に,B級パワーアンプの動作について考えてみます.まず,図1の回路で10Wを出力できるようにするには,電源電圧をいくつにすればよいかを計算します.通常の回路では,Q1,Q2のベース電圧はVccおよびVeeで制約されます.しかし,今回は,Q1,Q2のベース電圧がVccおよびVeeで制約されない前提で計算します.負荷抵抗(RL)に発生する電力(PL)は出力電圧をVOとすると式1で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
この式を変形してVOを求め,値を代入すると式2のようにVOは,6.3Vrmsとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
6.3Vは,実効値なのでVOのピーク値は√2倍した8.9Vです.8.9V出力できるようにするため,電源電圧は若干の余裕を見て±9Vとします.そのためにVcc,Vee共に9Vに設定します.
次に,この回路の動作を考えてみます.図1において,無信号時は入力端子(In)の電圧は0Vです.また,負荷抵抗(RL)はGNDに接続されているため,出力端子(Out)の電圧も0Vです.そのため,トランジスタQ1,Q2ともにベース・エミッタ間電圧は0Vとなり,どちらもコレクタ電流は流れません.
入力信号が正側に増加し,約0.7Vよりも大きくなると,トランジスタQ1が動作を始めます.入力電圧の上昇に伴って,Q1のエミッタ(Out)の電圧も上昇し,RLに電流を供給します.
次に,入力信号が負側に増加し,約0.7Vよりも大きくなると,トランジスタQ2が動作を始めます.入力電圧の下降に伴って,Q2のエミッタ(Out)の電圧が下降し,RLに電流を供給します.このように,入力電圧が±0.7V以内では出力電圧が変化しない不感帯が存在するため,出力波形はゼロ・クロス付近でひずみます.このひずみをクロスオーバひずみと呼びます.
●B級パワーアンプの動作をシミュレーションする
図2は,図1のシミュレーション用の回路図です.出力振幅のピーク値が8.9Vになるよう,VinはQ1,Q2のベース・エミッタ間電圧を加算した,片側ピーク電圧9.7Vで1kHzの正弦波とします.
片側ピーク電圧9.7V,1kHzの正弦波を加えている.
図3はそのシミュレーション結果です.図3の中段Bは入力端子(In)の電圧と出力端子(Out)の電圧です.また,下段Cは,中段Bの1msec付近の波形を拡大表示したものです.V(In)が±0.7V以内のときは,V(Out)は0Vですが,±0.7Vよりも大きくなると,V(In)に追従した電圧となっていることがわかります.また,出力波形はゼロクロス付近に段差があり,クロスオーバひずみが発生していることがわかります.
図3の上段Aは,Q1,Q2のコレクタ電流を表示しています.V(In)が正電圧のときは,Q1のみに電流が流れ,Q2のコレクタ電流は0となっています.逆に.V(In)が負電圧のときは,Q2のみに電流が流れ,Q1のコレクタ電流は0となっていることがわかります.
V(In)が±0.7V以内のときは,V(Out)は0Vとなっている.
●トランジスタの消費電力を計算する
次にトランジスタの消費電力を計算してみます.Q1のコレクタ電流(IC1)は出力電圧の絶対値をVOPとすると式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
Q1の消費電力(PQ1)は正電源の値をVccとすると,式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
「Vcc=Vee」として出力電圧の絶対値をVOPとすると,Q2の消費電力(PQ2)も式4で計算することができます.出力電圧が正弦波の場合,PQ1は正の半サイクルでは式4で表されますが,負の半サイクルは0になります.また.PQ2は正の半サイクルで0になり,負の半サイクルは式4で表されます.したがって,正弦波1周期のQ1+Q2の消費電力(PQ)の平均値は式4を使用して,半サイクル期間の平均値を求めればよいことになります.出力電圧を「VOP*sin(ωt)」という正弦波とすると,式4は式5に変形できます.
・・・・・(5)
出力最大の状態である「VOP=Vcc」として,式5の正の半サイクルの平均値を計算すると式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
「VOP=Vcc」のとき,負荷抵抗で発生する電力はVcc2/(2*RL)です.式6より,トランジスタの消費電力は負荷抵抗で発生する電力に「(4-π)/π=0.27」を掛けたものになることがわかります.つまり,B級パワーアンプで最大出力を出しているときの,トランジスタの消費電力は,負荷抵抗で発生する電力の27%になります.A級パワーアンプではトランジスタの消費電力は負荷抵抗で発生する電力の3倍ですから,B級パワーアンプは大幅に効率が良いことがわかります.
●トランジスタの消費電力をシミュレーションする
図4は,図2の回路の消費電力のシミュレーション結果です.下段が出力電圧波形,中段が負荷抵抗の消費電力,上段がトランジスタQ1,Q2の消費電力を足し合わせたものです.出力電力は計算よりも若干少ない9Wですが,トランジスタの消費電力は,ほぼ計算通りの2.78Wとなっています.
トランジスタの消費電力はほぼ計算通りの2.78Wとなっている.
●AB級パワーアンプをシミュレーションする
図5は,図2の回路にバイアス電源を追加してAB級パワーアンプとしたものです.入力電圧が0Vのときも,Q1とQ2のベース・エミッタ間には0.7Vの電圧が加わることになります.そのため,無信号時にもQ1とQ2には小さな電流が流れることになります.そして,入力電圧が少しでも大きくなると,それに対応して出力電圧が大きくなります.つまりB級パワーアンプのような不感帯が無いため,B級パワーアンプに比べるとクロスオーバひずみが小さくなります.
無信号時にもQ1,Q2には小さな電流が流れる.
図6は,図5のシミュレーション結果です.図3と比べてクロスオーバひずみが小さくなっていることがわかります.また,Q1,Q2のコレクタ電流のつながりもなめらかになっています.図5では理想電圧源を使ったバイアス回路になっていますが,実際はダイオードやトランジスタを使った,様々なバイアス回路が考案され使われています.
B級パワーアンプに比べ,クロスオーバひずみが大幅に改善されている.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_037.zip
●データ・ファイル内容
ClassB.asc:図2の回路
ClassAB.asc:図5の回路
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