A級パワーアンプの出力電圧と消費電力の波形はどれ?
図1は,4Ωの負荷で10Wを出力することのできる,A級パワーアンプの出力部分のみを取り出して簡略化した回路です.NPNトランジスタのみで構成しています.
4Ω負荷で10Wを出力している.
図2は,図1に出力が10W(出力電圧6.3Vrms)となるような1kHzの信号を加えたシミュレーション結果です.図2の(A)~(D)は下段がOUT端子の電圧V(out)で,上段がトランジスタQ1,Q2の消費電力の波形となっています.そこで,図1のシミュレーション結果として適切なものは(A)~(D)のうちどれでしょうか.
OUT端子の出力電圧とQ1,Q2の消費電力の波形として適切なのはどれ?
トランジスタの消費電力は,コレクタ・エミッタ間の電圧とコレクタ電流を掛け合わせたものです.出力電圧の変化によって,それぞれのトランジスタのコレクタ電流と,コレクタ・エミッタ間の電圧がどのように変化するのかを考えれば,答えがわかります.
図1においてQ2は,定電流源として動作しており,コレクタ電流は常に一定です.そのため,Q2の消費電力はQ2のコレクタ電圧に比例することになり,V(out)と相似した波形になります.そのため,正解は(B)か(C)のどちらかです.一方,Q1のコレクタ電流はV(out)の大きさで変化します.V(out)が+側に振れた時にコレクタ電流が大きくなりますが,コレクタ・エミッタ間電圧は小さくなります.また,V(out)が-側に振れた時にはコレクタ電流は小さくなりますが,コレクタ・エミッタ間電圧は大きくなります.そのため,V(out)が 0Vの時の消費電力が一番大きくなります.そのような波形となっているのは(B)です.そのため,正解は(B)ということになります.
●A級パワーアンプの定数設定のしかた
図1において,Q2とQ3はカレント・ミラー回路となっており,Q2は定電流源として動作します.まず,この回路で10Wの出力ができるようにするには,Q2のコレクタ電流(アイドル電流)をいくつにすればよいかを計算してみます.負荷抵抗(RL)に発生する電力(PL)は,出力電圧をVOとすると式1で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1を変形してVOを求め,値を代入すると式2のようにVOは6.3Vrmsとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
6.3Vは実効値なのでVOのピーク値は√2倍して8.9Vです.そのため,電源電圧は,若干の余裕を見て±9Vとします.そのためにVcc,Vee共に9Vに設定します.次に,出力がVeeまで下がるために必要な電流(IIdle)を求めます.RLでの電圧降下がVee(9V)と同じ電圧になる必要があるので,式3のように2.25Aと求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
この値が最低限必要な電流なので,Q2のコレクタ電流は若干大きい2.3Aとします.Q2とQ3はカレント・ミラーなので,Q3に供給する電流を2.3Aとすることで,Q2は2.3Aの定電流源として動作することになります.Q2の電流を2.3Aに設定とすることで,図1の回路はA級パワーアンプとして動作することになります.
●トランジスタの消費電力を計算する
次にトランジスタの消費電力を計算してみます.トランジスタQ2は定電流源なので,コレクタ電流は常に一定です.この電流をIIdleとし,出力電圧をVOP,負電源の値をVeeとすると,Q2の消費電力PQ2は式4で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
出力電圧を「VOP*sin(ωt)」という正弦波とすると,消費電力PQ2は式5のように,出力電圧と同じ正弦波状に変化することがわかります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
この式は,図2(B)上段のQ2の消費電力波形を表しています.一方,Q1のコレクタ電流(IC)はVOPの値によって変化し,式6で表せます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
Q1の消費電力(PQ1)は正電源の値をVccとすると,式7になります.
・・・・・・・・・・・・・(7)
ここで,Vcc=Veeであることから,式3のVeeをVccに置き換えると「IIdle=Vcc/RL」と置き換えることができます.そのため,式7を展開し,一部のIIdleをVcc/RLに置き換えると,式8のように変形することができます.
・・・・・(8)
ここでも出力電圧を「VOP*sin(ωt)」という正弦波とすると,消費電力PQ1は式9になります.
・・・・・(9)
式9からわかるように,Q1の消費電力は出力電圧の周波数の2倍の周波数で変化します.この式は,図2(B)のQ1の消費電力波形を表しています.
●トランジスタの消費電力と出力電力を比べてみる
図1のA級出力回路で出力最大とした時の負荷に発生する出力電力と,出力トランジスタQ1,Q2の消費電力を比較してみます.まず,正弦波を出力している時の負荷抵抗に発生する電力は式10になります.Q1,Q2の消費電力はそれぞれ,式5と式9で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・(10)
Q1とQ2の平均電力は「sin(ωt)=0」,「cos(2ωt)=0」と置き換えて求めることができます.また「Vcc=Vee」,「VOP=Vcc」および「IIdle=Vee/RL」を使用して平均電力を表すと,それぞれ式11,12,13になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
出力電力と,トランジスタの消費電力の比は式14になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)
式14から,トランジスタの消費電力は出力電力の3倍になっていることがわかります.10W出力アンプの場合は,出力トランジスタが30W消費することになります.また,無信号時の出力トランジスタの消費電力の合計は「2*Vcc2/RL」となり,最大出力電力の4倍です.同じく,10W出力アンプの場合は,音を出していない時でも40Wの電力を消費することになります.
●A級パワーアンプの動作をLTspiceで確認する
図3は,図1のシミュレーション用の回路図です.入力はピーク電圧8.9Vで1kHzの正弦波です.Q1のベース・エミッタ間電圧の補正をするため,DCオフセット電圧を0.9Vとしています.
図4は,図3の負荷抵抗の出力電力のシミュレーション結果で,負荷抵抗RLの消費電力をプロットしたものです.図4の上段の「V(out)*I(RL)」というところをCTRLキーを押しながらクリックすることで,平均電力(平均値)を示すダイアログが中央に表示され図4のように平均電力は約10Wとなっています.
設定通り,出力電力は約10Wとなっている.
図5も図3のシミュレーション結果で,OUT端子の電圧V(out)とQ1,Q2の消費電力および,Q1の消費電力とQ2の消費電力を足し合わせたものをプロットしたものです.Q1の消費電力とQ2の消費電力の波形は,正解の図2(B)と同じになっていることがわかります.また,Q1の消費電力とQ2の消費電力を足し合わせたものの平均電力は30.5Wとなっており,トランジスタが出力電力の約3倍の電力を消費してしまうことがわかります.
Q1の消費電力とQ2の消費電力の和は30.5W
このように,A級出力回路は無駄になる電力が多く,大出力アンプを作ろうとすると,大型の電源と大きな放熱器が必要となります.ただし,原理的にクロスオーバひずみとよばれるひずみが発生しないため,高音質だと言われています.そのため,一部の高級オーディオアンプに採用されています.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_035.zip
●データ・ファイル内容
ClassA.asc:図3の回路
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