A級パワーアンプの出力電圧と消費電力の波形はどれ?




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■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,4Ωの負荷で10Wを出力することのできる,A級パワーアンプの出力部分のみを取り出して簡略化した回路です.NPNトランジスタのみで構成しています.


図1 A級パワーアンプの出力回路
4Ω負荷で10Wを出力している.

 図2は,図1に出力が10W(出力電圧6.3Vrms)となるような1kHzの信号を加えたシミュレーション結果です.図2の(A)~(D)は下段がOUT端子の電圧V(out)で,上段がトランジスタQ1,Q2の消費電力の波形となっています.そこで,図1のシミュレーション結果として適切なものは(A)~(D)のうちどれでしょうか.


図2 図1のシミュレーション結果
OUT端子の出力電圧とQ1,Q2の消費電力の波形として適切なのはどれ?

■ヒント

 トランジスタの消費電力は,コレクタ・エミッタ間の電圧とコレクタ電流を掛け合わせたものです.出力電圧の変化によって,それぞれのトランジスタのコレクタ電流と,コレクタ・エミッタ間の電圧がどのように変化するのかを考えれば,答えがわかります.

 A級パワーアンプとは,パワーアンプの方式の一つで,無信号時にも,最大出力時に負荷に供給する電流以上の電流を流しているのが特徴です.原理的にクロスオーバひずみと呼ばれるひずみが発生しないので,高級オーディオで採用されています.


■解答


(B)

 図1においてQ2は,定電流源として動作しており,コレクタ電流は常に一定です.そのため,Q2の消費電力はQ2のコレクタ電圧に比例することになり,V(out)と相似した波形になります.そのため,正解は(B)か(C)のどちらかです.一方,Q1のコレクタ電流はV(out)の大きさで変化します.V(out)が+側に振れた時にコレクタ電流が大きくなりますが,コレクタ・エミッタ間電圧は小さくなります.また,V(out)が-側に振れた時にはコレクタ電流は小さくなりますが,コレクタ・エミッタ間電圧は大きくなります.そのため,V(out)が 0Vの時の消費電力が一番大きくなります.そのような波形となっているのは(B)です.そのため,正解は(B)ということになります.

■解説

●A級パワーアンプの定数設定のしかた
 図1において,Q2とQ3はカレント・ミラー回路となっており,Q2は定電流源として動作します.まず,この回路で10Wの出力ができるようにするには,Q2のコレクタ電流(アイドル電流)をいくつにすればよいかを計算してみます.負荷抵抗(RL)に発生する電力(PL)は,出力電圧をVOとすると式1で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1を変形してVOを求め,値を代入すると式2のようにVOは6.3Vrmsとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 6.3Vは実効値なのでVOのピーク値は√2倍して8.9Vです.そのため,電源電圧は,若干の余裕を見て±9Vとします.そのためにVcc,Vee共に9Vに設定します.次に,出力がVeeまで下がるために必要な電流(IIdle)を求めます.RLでの電圧降下がVee(9V)と同じ電圧になる必要があるので,式3のように2.25Aと求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 この値が最低限必要な電流なので,Q2のコレクタ電流は若干大きい2.3Aとします.Q2とQ3はカレント・ミラーなので,Q3に供給する電流を2.3Aとすることで,Q2は2.3Aの定電流源として動作することになります.Q2の電流を2.3Aに設定とすることで,図1の回路はA級パワーアンプとして動作することになります.

●トランジスタの消費電力を計算する
 次にトランジスタの消費電力を計算してみます.トランジスタQ2は定電流源なので,コレクタ電流は常に一定です.この電流をIIdleとし,出力電圧をVOP,負電源の値をVeeとすると,Q2の消費電力PQ2は式4で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 出力電圧を「VOP*sin(ωt)」という正弦波とすると,消費電力PQ2は式5のように,出力電圧と同じ正弦波状に変化することがわかります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 この式は,図2(B)上段のQ2の消費電力波形を表しています.一方,Q1のコレクタ電流(IC)はVOPの値によって変化し,式6で表せます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 Q1の消費電力(PQ1)は正電源の値をVccとすると,式7になります.

・・・・・・・・・・・・・(7)

 ここで,Vcc=Veeであることから,式3のVeeをVccに置き換えると「IIdle=Vcc/RL」と置き換えることができます.そのため,式7を展開し,一部のIIdleをVcc/RLに置き換えると,式8のように変形することができます.

・・・・・(8)

 ここでも出力電圧を「VOP*sin(ωt)」という正弦波とすると,消費電力PQ1は式9になります.

・・・・・(9)

 式9からわかるように,Q1の消費電力は出力電圧の周波数の2倍の周波数で変化します.この式は,図2(B)のQ1の消費電力波形を表しています.

●トランジスタの消費電力と出力電力を比べてみる
 図1のA級出力回路で出力最大とした時の負荷に発生する出力電力と,出力トランジスタQ1,Q2の消費電力を比較してみます.まず,正弦波を出力している時の負荷抵抗に発生する電力は式10になります.Q1,Q2の消費電力はそれぞれ,式5と式9で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・(10)

 Q1とQ2の平均電力は「sin(ωt)=0」,「cos(2ωt)=0」と置き換えて求めることができます.また「Vcc=Vee」,「VOP=Vcc」および「IIdle=Vee/RL」を使用して平均電力を表すと,それぞれ式11,12,13になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 出力電力と,トランジスタの消費電力の比は式14になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)

 式14から,トランジスタの消費電力は出力電力の3倍になっていることがわかります.10W出力アンプの場合は,出力トランジスタが30W消費することになります.また,無信号時の出力トランジスタの消費電力の合計は「2*Vcc2/RL」となり,最大出力電力の4倍です.同じく,10W出力アンプの場合は,音を出していない時でも40Wの電力を消費することになります.

●A級パワーアンプの動作をLTspiceで確認する
 図3は,図1のシミュレーション用の回路図です.入力はピーク電圧8.9Vで1kHzの正弦波です.Q1のベース・エミッタ間電圧の補正をするため,DCオフセット電圧を0.9Vとしています.


図3 図1のシミュレーション用の回路図 入力に正弦波を加え,トランジェント解析を行う

 図4は,図3の負荷抵抗の出力電力のシミュレーション結果で,負荷抵抗RLの消費電力をプロットしたものです.図4の上段の「V(out)*I(RL)」というところをCTRLキーを押しながらクリックすることで,平均電力(平均値)を示すダイアログが中央に表示され図4のように平均電力は約10Wとなっています.


図4 図3の負荷抵抗の出力電力のシミュレーション結果
設定通り,出力電力は約10Wとなっている.

 図5図3のシミュレーション結果で,OUT端子の電圧V(out)とQ1,Q2の消費電力および,Q1の消費電力とQ2の消費電力を足し合わせたものをプロットしたものです.Q1の消費電力とQ2の消費電力の波形は,正解の図2(B)と同じになっていることがわかります.また,Q1の消費電力とQ2の消費電力を足し合わせたものの平均電力は30.5Wとなっており,トランジスタが出力電力の約3倍の電力を消費してしまうことがわかります.


図5 図3のシミュレーション結果
Q1の消費電力とQ2の消費電力の和は30.5W

 このように,A級出力回路は無駄になる電力が多く,大出力アンプを作ろうとすると,大型の電源と大きな放熱器が必要となります.ただし,原理的にクロスオーバひずみとよばれるひずみが発生しないため,高音質だと言われています.そのため,一部の高級オーディオアンプに採用されています.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_035.zip

●データ・ファイル内容
ClassA.asc:図3の回路

■LTspice関連リンク先


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