必要のない出力直流電圧が一番大きく発生する差動増幅器はどれ?
図1の(a)~(d)の回路は「R1=2kΩ,R2=20kΩ,R3=2kΩ,R4=20kΩ」としたゲイン20dBの差動増幅器です.二つの入力(VIN-,VIN+)をショートし,コモン・モード・ノイズとなる直流電圧源VBを接続しています.回路の違いは,直流電圧源VBの値とOPアンプのオープン・ループ・ゲイン(AO)とCMRです.この場合,図1の(a)~(d)の差動増幅器の出力(OUT)に,必要ない直流電圧が一番大きく発生する回路はどれでしょうか?
図1(a):VB=0V LT1001 (AO=117.5dB,CMR=172.94dB)
図1(b):VB=1V LT1001 (AO=117.5dB,CMR=172.94dB)
図1(c):VB=0V LT1077 (AO=119.2dB,CMR=148.11dB)
図1(d):VB=1V LT1077 (AO=119.2dB,CMR=148.11dB)
AOは直流でのオープン・ループ・ゲインで,CMRは直流でのコモン・モード・リジェクションです.数値はマクロモデルから調べた値です.
CMR(Common Mode Rejection)はCMRR(Common Mode Rejection Ratio)をdBの単位にしたもので,OPアンプのデータシートに記載されています.CMRRは「|差動ゲイン| / |同相ゲイン|」で定義され,極性はありません.ここで差動ゲインは,「差動ゲイン=オープン・ループ・ゲイン」です.図1の差動増幅器において,出力直流電圧は,VBとCMRRにより直流電圧が発生し,差動増幅器の出力オフセット電圧を悪化させる要因となります.
OPアンプは,反転端子と非反転端子間の電圧差(差動入力電圧)を差動ゲイン(オープン・ループ・ゲイン)「A(s)」で増幅します.しかし,同時に非反転端子と反転端子に加わる電圧(同相入力電圧)を同相ゲイン「AC(s)」で増幅するため,誤差の要因となります.理想のOPアンプはA(s)が無限大,AC(s)はゼロです.実際のOPアンプに要求される性能は,A(s)は大きく,AC(s)は小さい増幅器です.これより「|A(s)| / |AC(s)|」が大きい方が優れているといえます.この比をCMRRと呼び,式1で表します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ただし,s=jω
図1のVBを切り離し,VIN+とVIN-を差動増幅器の二つの入力端子とし,抵抗値は「R1=R3,R2=R4」,OPアンプの差動ゲインをA(s),CMRRをC(s)とすれば,差動増幅器の入出力特性は式2で近似できます.
・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2の右辺第一項は,差動増幅器の二つの入力端子間の電位差を,「R2/R1」のゲインで増幅する差動増幅器の項です.右辺第二項がCMRRに関係する誤差項となります.図1の回路で差動増幅器の二つの入力端子VIN+とVIN-は同じ電圧VBであり,式2の右辺第一項はゼロです.右辺第二項は(a)~(b)で異なり,問題の条件で計算すると回路(a)~(d)は次のようになります.
(b)vO=22.5nV
(c)vO=0V
(d)vO=393.1nV
したがって,図1の(a)~(d)の中で,必要ない差動増幅器の出力直流電圧が一番大きくなるのは,図1(d)となります.
●差動増幅器の出力に現れる誤差の三つの要因
差動増幅器の出力に現れる誤差は以下の三つの要因が考えられます.
(1)信号源抵抗の影響
(2)OPアンプのCMRRによる影響
(3)抵抗比のミスマッチによる影響
今回は,(2)の「OPアンプのCMRRによる影響」について解説します.(1)は「LTspiceアナログ電子回路入門018」,(3)は「LTspice電子回路マラソン001」で解説しました.
●OPアンプのCMRRを考慮した等価回路とその入出力特性
図2(a)はOPアンプの差動ゲイン「A(s)」です.図2(b)は同相ゲイン「AC(s)」を示します.差動ゲインは,OPアンプの反転端子と非反転端子間の電圧差(差動入力電圧)を増幅します.同相ゲインは,反転端子と非反転端子に同時に加わる電圧(同相入力電圧)を増幅します.CMRRは解答で述べた通り,式1で表し,CMRRが大きいほど理想OPアンプに近づいた良い特性となります.
図3は,図2の(a)と(b)の差動入力電圧と同相入力電圧がOPアンプに印加されている状態です.図3の回路より,OPアンプの入出力特性を,v1(s),v2(s),vO(s),A(s),AC(s),および,式1を使って表すと,式3となります.式3の右辺第一項は差動増幅器の二つの入力端子間の電位差を,A(s)のゲインで増幅する項で,右辺第二項がCMRRに関係する誤差項となります.
・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図1の差動増幅器の入出力特性を計算するため,図3を図4のように,CMRRによる誤差を非反転端子側へ移動した等価回路へ書き換えます.そうすると図4の電圧差vd(差動入力電圧)は「vd=v2(s)-v1(s)+v1(s)/C(s)」であり,図4は図3と同様に式3の入出力特性となります.
●OPアンプのCMRRが差動増幅器に与える影響を調べる
図5は,図4を使った差動増幅器です.図5を用いて,OPアンプのCMRRが差動増幅器に与える影響を調べます.
図5より,v1(s)は式4となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
またv2(s)は重ね合わせの理より式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
v1(s),v2(s)を式3へ代入し,負帰還回路の帰還率[β(s)]を式6として整理すると,式7となります.式7で「VIN+(s)/C(s)」が差動増幅器のCMRRによる誤差項であり,A(s)β/(1+A(s)β)は負帰還による誤差です.ここでA(s)β>>1ですので,A(s)β/(1+A(s)β)=1と近似すると,解答の式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
・・・・・・・・・・・(7)
式2を用いて,図1の条件で計算した結果が解答の「(a) vO=0V,(b) vO=22.5nV,(c) vO=0V,(d) vO=393.1nV」です.このようにOPアンプのCMRRが差動増幅器に与える影響は,VIN+の電圧,CMRR,差動増幅器の抵抗比で決まるゲインより求めることができます.
●差動増幅器の入出力特性をLTspiceで確認する
図6は,OPアンプLT1001を使用した,図1の(a)と(b)をシミュレーションする回路です.図6は同相入力電圧(V3)を0V~1Vを10mVステップでスイープしています.
図7は,図6のシミュレーション結果です.図7には図1のVBに相当する同相入力電圧(V3)が0Vと1Vの値をカーソルで調べて記入しました.その結果,出力直流電圧は(a)が0Vで,(b)が22.6nVと確認できました.
図8は,OPアンプLT1077を使用した,図1の(c)と(d)をシミュレーションする回路です.図8も同相入力電圧(V3)を0V~1Vを10mVステップでスイープしています.
図9は,図8のシミュレーション結果です.図9も,図1のVBに相当する同相入力電圧(V3)が0Vと1Vの値をカーソルで調べて記入しました.その結果,出力直流電圧は(c)が0Vで,(d)が393.2nVと確認できました.
図1の(a)~(d)に相当する出力直流電圧は,(a)vO=0V,(b)vO=22.6nV,(c)vO=0V,(d)vO=393.2nVであり,解答の計算結果とほぼ同じであることがわかりました.
●CMRはマクロモデルとデータシートで異なる
これまでは,LTspiceによるシミュレーションでCMRの値を確認しました.しかし,実際の回路設計をする場合CMRの値に気を付けなければいけません.シミュレーションで使用するマクロモデルは,OPアンプの特性を,少ないトランジスタと理想素子を使い簡略した回路で得られるようにしています. そのため,マクロモデルと製品のデータシートの値は異なることがあります.
表1は,LT1001とLT1077のマクロモデルとデータシートの比較表です.CMRと入力オフセット電圧(Vos)について,マクロモデルの値とデータシートの最小値, 標準値を表記しました.
まず,CMRの標準値について,マクロモデルとデータシートを比べると,LT1001,LT1077とも約40dB(100倍)以上の大きな差があることがわかります.OPアンプのデータシートには実測値が記載されており,データシートの方が信頼できる値となります.よって,シミュレーションのマクロモデルのCMRは,実際の製品のOPアンプと結果が異なるので気を付ける必要があります.
さらに,データシートには,ワースト・ケースとなる最小値や最大値が掲載されています.CMRの場合,CMRの値が小さいほど理想OPアンプから外れる事になります.なので,実際の回路設計の場合,CMRが最小値のOPアンプである場合を想定し,CMRが差動増幅器に与える影響をシミュレーション以外の方法で調べることも大切です.
全ての値は電源電圧±15Vで25℃の場合.
●CMRとVosの出力直流電圧はデータシートの最小値に気を付ける
表2は,LT1001とLT1077のマクロモデルとデータシートの値で,差動増幅器のCMRに関する出力直流電圧とVosに関する出力直流電圧(出力オフセット電圧)を算出した値です.差動増幅器の出力直流電圧は,表1のCMRとVosの値で「VIN+=1V,R1=2kΩ,R2=20kΩ」を用いて計算しました.
計算値 VIN+=1V,R1=2kΩ,R2=20kΩで計算
差動増幅器の出力直流電圧は,式2の右辺第二項「(R2/R1)*(VIN+/CMRR)」で発生します.また,差動増幅器の出力直流電圧は,「CMRに関係する出力直流電圧+Vosに関係する出力直流電圧」となります.ここで,Vosに関係する出力直流電圧は「(1+R2/R1)*Vos」です.
表1と表2において「CMRの最小値」と「CMRに関係する出力直流電圧」は赤字で示しています.「Vosの標準値」と「Vosに関係する出力直流電圧」は青字で示しています.
ここで,実際に設計する場合,気を付けるところは,CMRとVosのデータシートの値から出力される出力直流電圧です.表1のLT1077MのCMRの最小値が97dBの場合,表2でCMRに関する出力直流電圧は0.141mVです.また,表1のLT1077MのVosの標準値が25μVの場合,表2でVosに関係する出力直流電圧は0.275mVです.0.141mVと0.275mVを比べるとCMRに関係する出力直流電圧は,Vosに関係する出力直流電圧の約1/2に近づき,CMRに関係する出力直流電圧は無視できない値となります.また,式2の右辺第二項は,「VIN+が大きくなる」または「R2/R1の信号ゲインが大きくなる」とさらに出力直流電圧は大きくなります.
このように,差動増幅器の直流でのCMRが小さくなると出力直流電圧が大きくなります. 差動増幅器の評価はマクロモデルを使ったシミュレーションでは,実際の部品を使用した実設計の値は分からないので,データシートの値から別途計算しましょう.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_020.zip
●データ・ファイル内容
LT1001_CMR_Vo.asc:図6の回路
LT1077_CMR_Vo.asc:図8の回路
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs