電源電圧を下げても動作するエミッタ接地増幅回路はどれ?




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■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1の回路(A)~(D)はいずれも1kHzのゲインが約20dB(10倍)のエミッタ接地増幅回路です.それぞれの回路は電源電圧5Vで20dBのゲインになるように定数が設定されています.回路(A)~(D)の中で,電源電圧を1Vに下げたとき一番ゲインが20dBに近く,動作電源電圧範囲が広い回路はどれでしょう? 


図1 ゲイン20dBのエミッタ接地増幅回路
電源電圧1Vのゲインが電源電圧5Vのゲインに一番近いのは?

■ヒント

 回路(A)~(D)はトランジスタへのバイアス電圧のかけ方が異なっています.低い電源電圧でも増幅回路として動作するためには,電源電圧が下がっても,トランジスタのコレクタ電流が流れていることやコレクタ電流が変化したときのゲイン変化が少ないことが重要です.

 動作電源電圧範囲とは,文字通り回路が本来の機能をはたすことができる電源電圧の範囲のことです.一般的にはその電圧の範囲内であれば,主要な特性は規定された仕様の範囲内となっています.

■解答


回路(B)

 回路(C)と(D)は,電源電圧をR1とR2で抵抗分割してトランジスタのベース電圧を決めています.電源電圧1Vのときのベース電圧は,回路(C)が0.11Vで,回路(D)は,0.2Vです.ベース電圧が低すぎるため,回路(C)と(D)はコレクタ電流が流れず,増幅回路として動作しません.回路(A)のコレクタ電流は流れていますが,電源電圧1Vのとき,電流値は電源電圧5Vのときの1/10以下です.そのため,ゲインも1/10以下になってしまいます.
 回路(B)も回路(A)と同様,電源電圧1Vではコレクタ電流が減少してしまいます.しかし,回路(B)はR1,R2により負帰還がかかっており,コレクタ電流が変化したときのゲインの変動が少なくなっています.したがって,電源電圧を1Vに下げたときのゲインが電源電圧5Vのときのゲインに一番近いのは,回路(B)になります.

■解説

●バイアス回路の種類
 エミッタ接地増幅回路において,トランジスタにバイアスを与えるためのバイアス回路にはいくつかの種類があります.回路(A)は固定バイアス回路,回路(B)は自己バイアス回路,回路(D)は電流帰還バイアス回路と呼ばれます.回路(C)は特有の名前はないのですが,しいていえば抵抗分圧バイアス回路ということになります.それぞれ,電源電圧が変化したときのトランジスタの動作電流の変化の様子が異なります.

●回路(C)と回路(D)の電源電圧1Vのときの動作
 回路(C)と回路(D)のベース電圧(VB)は電源電圧をR1とR2で分圧して作っており,その電圧は式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1に抵抗値を代入すると,電源電圧が1Vのときのベース電圧はそれぞれ,式2,3の値になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 トランジスタのコレクタ電流が流れるためには,0.6V程度のベース電圧が必要です.回路(C)と(D)は共にベース電圧が低く,コレクタ電流が流れません.そのため,電源電圧1Vでは増幅回路として動作しないことになります.

●回路(A)の電源電圧1Vのときの動作
 回路(A)は,電源に接続された抵抗1本でバイアス回路を構成しています.抵抗でベース電流値を調整し,コレクタ電流はそのベース電流のhfe倍になります.hfeが変わればコレクタ電流も変わってしまう欠点があるため,簡易的な実験回路に使われる程度で,実用回路に使われることはあまりありません.回路(A)のコレクタ電流(IC)を厳密に計算するのは難しいのですが,トランジスタのベース・エミッタ間電圧をVBEとすると,簡易的には式4で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 hfeを200とし,電源電圧5Vのときと,1Vのときのコレクタ電流を計算すると,式5,6のようになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 また,この回路のゲイン(G)は式7のようにコレクタ電流に比例します.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

ただし,VT:熱電圧

 式5,6から分るように,電源電圧1Vのときのコレクタ電流は電源電圧5Vのときのコレクタ電流の1/10以下となっています.そのため,式7より,ゲインも1/10以下になってしまいます.

●回路(B)の電源電圧1Vのときの動作
 回路(B)は,トランジスタのコレクタとベースがR1で接続されています.この抵抗(R1)がバイアス回路です.この回路は帰還回路となっていてコレクタ電圧がベース電圧と等しくなるように自動的に制御されます.たとえば,ベース電圧がなんらかの理由で増大すると,コレクタ電流が増え,コレクタ電圧が下がります.コレクタ電圧が下がるとベース電圧も下がることになり,結局コレクタ電圧とベース電圧は同じ電圧で安定します.この回路のコレクタ電流は簡易的に式8で示されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 電源電圧5Vのときと,1Vのときのコレクタ電流を計算すると,式9,10のようになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 式9,10を見ると,回路(A)と同様,電源電圧1Vのときのコレクタ電流は,5Vのときのコレクタ電流の1/10以下に減ってしまいます.ただし,回路(B)は帰還アンプとなっているため,コレクタ電流が変化したときのゲインの変化が少なくなっています.回路(B)は図2のように,ゲインAのアンプに負帰還をかけた回路とみなすことができます.


図2 回路(B)のゲインを計算するための等価回路
帰還がかかっていないときのトランジスタ増幅回路のゲインをAとする.

 ゲインAは,帰還がかかっていないときのトランジスタ増幅回路のゲインで,式11で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・(11)

 また,図2の回路のInからOutまでのゲイン(G)は式12で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 ゲインAが無限大であれば,G=R1/R2と非常に簡単な式になります.電源電圧5Vと電源電圧1VのGを計算すると式13,14になります.

・・・・・・・・・・(13)

・・・・・・・・・・・・・(14)

 式13,14より,電源電圧5Vのときは10倍(20dB)で,電源電圧1Vのときも5倍(14dB)のゲインがあることが分ります.つまり,四つの回路の中で電源電圧1Vのときのゲインが電源電圧5Vのときのゲインに最も近いのは,回路(B)ということになります.

●回路(A)~(D)のゲインをLTspiceで確認する
 図3は回路(A)~(D)のゲインの周波数特性をシミュレーションための回路です.比較しやすいように四つの回路を一つの回路にまとめています.また,素子名の重複をさけるため,各素子名の末尾にA~Dの文字を追加してあります.「.step」コマンドを使用し,電源電圧が5Vのときと1Vのときのゲインの周波数特性をシミュレーションしています.



図3 ゲインの周波数特性をシミュレーションするための回路
「.step」コマンドで電源電圧が5Vと1Vの特性をシミュレーションする.

 図4図3のシミュレーション結果です.電源電圧5Vのとき,(A)~(D)すべての回路で1kHzのゲインは20dB(10倍)になっています.しかし,電源電圧1Vのとき,回路(C)と回路(D)のゲインは-68dBとなっており,増幅回路として機能していないことが分ります.回路(A)のゲインは0.8dBと,かろうじて増幅回路として機能しているものの,ゲインは大幅に低下しています.回路(B)は電源電圧1Vになっても14dBのゲインが得られており電源電圧5Vのときのゲインとの差が小さくなっていることが,シミュレーションでも確認できました.


図4 図3のシミュレーション結果
電源電圧1Vのとき,回路Bのゲインは14dBと最も大きい.

●回路(A)~(D)のゲインの電源電圧依存性を確認する
 最後に,回路(A)~(D)の1kHzのゲインが電源電圧によってどのように変化していくのかをシミュレーションしてみます.LTspiceには「.meas」という非常に便利なコマンドがあり,「.step」でシミュレーションした膨大なデータの中から,1kHzのゲインだけを取り出すことが簡単にできます.図5が1kHzのゲインの電源電圧依存性をシミュレーションするための回路です.「.step」コマンドで電源電圧を1Vから5Vまで0.1Vステップで変化させてAC解析を行います.次に「.meas」コマンドで1khzのゲインを取り出すため,次のように記述します.

 上記は回路(A)のゲイン・データを取り出すためのコマンドです.同様に回路(B)~(D)のデータを取り出すための「.meas」コマンドも配置します.シミュレーション実行後,「Ctrlキー」と「Eキー」を同時に押してError Logを表示させることで,取り出したデータを確認することができます.「.meas」コマンドで取り出したデータをグラフ化する場合は,Error Logのウインドウの中でマウスの右ボタンを押したときに現れたメニューの中から「Plot .step'ed .meas data」をクリックします.クリックするとグラフ表示ウインドウが現れるので,メニューから「Plot Setting」「Add Traces」を選択し,表示するデータを指定します.そのまま表示すると縦軸が倍率になるので,「20*log10(g_a)」などとしてデシベル(dB)で表示されるように指定します.



図5 回路(A)~(D)の1kHzのゲインの電源電圧依存性シミュレーション回路
「.meas」コマンドを使い,1kHzのゲインデータだけを取り出している.

 図6がこのようにして表示したグラフです.横軸が電源電圧になっており,各回路のゲインが電源電圧によってどのように変化するのかがよく分ります.


図6 図5のシミュレーション結果
回路(A)~(D)の電源電圧によるゲイン変動のようすがよく分る.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_011.zip

●データ・ファイル内容
CE_amp_Gain_5V_1V.asc:図3の回路
CE_amp_Gain_Vcc.asc:図5の回路

■LTspice関連リンク先


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(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
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