シリーズ・レギュレータの出力電圧が暴れる回路はどっち?
図1の回路(a)と(b)は,3.3Vを出力するシリーズ・レギュレータ(LT1121-3.3)に,負荷回路(破線内)を接続した回路です.負荷回路は,無負荷状態を仮想するためにスイッチ(S1,S2)で切り替え抵抗値を変化させます.
二つの回路の違いは,破線内の負荷抵抗値[RL1(1KΩ),RL2(22Ω)]が違います.RL1に流れる電流は3.3mAで,RL2に流れる電流は150mAです.負荷抵抗値の違う状態で,スイッチをオンからオフに切り替えた時,出力電圧(OUT1,OUT2)の変動が大きい回路はどちらでしょうか.
スイッチのON/OFFにより,OUT1とOUT2の出力電圧に差がある.
回路(b)
今回の負荷のように,負荷電流が流れている状態(スイッチ・オン)から,急に無負荷状態(スイッチ・オフ)になると負帰還に遅延時間が生まれます.その遅延時間内は,スイッチが切り替わる前(スイッチ・オン状態)と同じ電流を流し続けようとします.この電流は,OUT1とOUT2の端子に接続されたコンデンサ(CL1,CL2)へ充電され,OUT1とOUT2の充電電圧は上昇します.
負荷電流が大きい状態から無負荷状態となった場合の方が,コンデンサへの充電電流が大きくなります.なので,CL1とCL2のコンデンサが同じ容量の場合,回路(b)の方が,回路(a)より充電電圧は大きくなります.
また,負帰還の遅延時間を過ぎた後は,CL1とCL2からシリーズ・レギュレータ内部の抵抗へ放電電流が流れ,OUT1とOUT2の電圧は元の電圧(ここでは3.3V)へ戻ります.放電電流は充電電流より小さいため,充電時間より放電時間の方が時間が掛かります.
この二つ要因から,回路(b)は回路(a)に比べて,充電電圧が大きく,3.3Vへ戻る時間が掛かり,出力変動が大きい回路となります.
●多くの電源システムに利用されるシリーズ・レギュレータ
シリーズ・レギュレータは,高い電圧を低い電圧に保つ降圧の電源ICです.現在さまざまな電源システムなどに利用されています.出力電圧を一定に保つため,シリーズ・レギュレータの内部には負帰還回路があります.この負帰還回路は発振しないように補償されています.
シリーズ・レギュレータは,「3端子レギュレータ」もしくは「リニア・レギュレータ」などと呼ばれています.3端子は入力端子(IN),出力端子(OUT),グラウンド(GND)を指します.それぞれ,正負電源と固定電圧のタイプに分類され,例えば「正電圧 3.3V 3端子レギュレータ」などと表記されます.出力電圧を外付の抵抗値で可変できるタイプもあります.また,入出力間電圧差が小さい製品は,「LDO(Low Drop Out)」と呼ばれています.
シリーズ・レギュレータを使用する場合,直流電圧を安定させる目的で,入力端子と出力端子のグラウンド間にそれぞれコンデンサを入れて使用します.
シリーズ・レギュレータの利点は,スイッチング電源と比べて「使い方が簡単」,「スイッチ雑音がない」,「内部回路の雑音が少ない(低雑音)」などが上げられます.欠点としては,降圧タイプのみで昇圧タイプがありません.また,入力端子と出力端子間の電圧差が大きいと発熱に対して注意しなければいけません.
●低消費電力のための無負荷状態
今回は,シリーズ・レギュレータの負荷電流が流れている状態から,無負荷状態となるときの,出力電圧変動を解説します.無負荷状態とは,低消費電力にするため,機器を使用しないときは,負荷の回路動作を止めるような状態です.シリーズ・レギュレータは,急に無負荷状態となると,出力電圧が変動します.出力電圧が変動している状態で,再び負荷の回路が動き出す場合,本来の出力電圧以上の電圧が負荷回路に印加されることになるため注意が必要です.
●無負荷状態の動作
図2は,シリーズ・レギュレータを使用し,負荷回路へ電流を流している回路図です.破線で囲った中は,シリーズ・レギュレータの簡易ブロック図です.VCC(入力)端子に電源とコンデンサを接続し,OUT端子にコンデンサ(CL)と負荷回路を接続しました.負荷回路の中にスイッチがあり,図2では閉じているため,負荷回路の方向(赤破線)に電流が流れています.Q1のコレクタ電流は,負荷(赤破線)とR1やR2(青破線)に電流を供給しています.
シリーズ・レギュレータは,「電圧源」や「エラーアンプ」,「出力トランジスタ(Q1)」,「抵抗(R1,R2)」で構成されています.電圧源は温度補償されていて,抵抗はOUT端子の電圧を設定します.エラーアンプでは,電圧源と抵抗(R1,R2)の分圧値を比較し,OUT端子の電圧が一定になるようにQ1を介して負帰還制御しています.
負荷回路へ電流を流している状態.
図3は,負荷回路のスイッチが開き,急に無負荷状態になった状態を示しています.エラーアンプやQ1,R1,R2からなる負帰還回路には遅延時間があります.遅延時間内ではQ1からの電流は,スイッチが切り替わる前と同じ電流を流し続けます.負荷回路はスイッチにより切断されており,OUT端子から流れ出す電流はコンデンサ(CL)の充電電流(赤破線)となります.この充電電流によりCLの電圧は上昇します.
負帰還の遅延時間を過ぎると,Q1からの電流は激減し,CLから放電が始まります.負荷回路へのスイッチは開いていますので,放電電流はR1とR2へ流れ(青破線),徐々にOUT端子の電圧は下がります.充電電流は,負荷回路へ流れる電流が大きいほど,コンデンサへの充電電流も大きくなるので,OUT端子の電圧変動は大きくなります.次にこれらの動作をシミュレーションで確認します.
急に無負荷状態となった状態.
●無負荷状態をLTspiceで確認する
図4(a)(b)は,図1の回路(a)と(b)の時間応答を調べる回路です.シリーズ・レギュレータは,3.3Vの固定電圧タイプです.OUT端子のコンデンサ(CL1,CL2)は,10μFとしました.また負荷回路は,抵抗(RL1,RL2)とスイッチ(S1,S2)で構成しています.
二つの回路の差は,負荷回路のRL1とRL2の抵抗値が違います.急に無負荷状態とするためスイッチ(S1,S2)を切り替えます.スイッチのコントロール信号は,電圧源V3を与える矩形波で制御しました.スイッチが閉じた状態で図4(a)のOUT端子から流れ出る電流は3.3mA(3.3V÷1kΩ)で,図4(b)は150mA(3.3V÷22Ω)と見積もれます.
また,このシリーズ・レギュレータ(LT1121-3.3)は,低消費電力にするためにSHDN(シャットダウン)端子があります.今回はこの機能が働かないようにIN端子へ接続しました.
図5は,図4の電源電圧と負荷をON/OFFさせるタイミングを示しています.上段はIN端子の入力電圧(V1,V2)で,下段は負荷回路をON/OFFするスイッチのコントロール信号を示しました.V1とV2は200ms後に20Vとなり,その後は一定です.スイッチは初期で閉じている状態であり,500ms後に開きその後は,200ms間隔で閉じたり開いたりを繰り返しています.
図6は,図4(a)のシミュレーション結果です.上段はOUT1の時間応答,下段はシリーズ・レギュレータからの電流です.電流値のマイナス方向はシリーズ・レギュレータから流れ出る電流です.プラス方向はシリーズ・レギュレータへ流れ込む電流です.負荷回路のスイッチが閉じた状態で,負荷抵抗(1kΩ)に流れる電流は3.31mAです.CL1からの放電電流は31μAであることがわかります.図6では,負荷回路に流れる電流が3.31mAと小さいため,スイッチが切り替わってもOUT1端子の電圧は大きく変化しません.
図7は,図4(b)のシミュレーション結果です.図6と同様に上段はOUT2の時間応答で,下段はシリーズ・レギュレータからの電流です.負荷回路のスイッチが閉じた状態で,負荷抵抗(22Ω)に流れる電流は149.9mAで,CL2からの放電電流は31μAであることがわかります.図7は,負荷回路に流れる電流が図6に比べ大きく(149.9mA>3.31mA),CL2への充電電圧は3.48Vまで上昇しています.負帰還の遅延時間が過ぎた後は,31μAで放電を始め,57ms後には3.3Vに戻っています. 図7で3.3Vに戻る時間は58ms[(10μF×0.18V)÷31μA]であり,シミュレーションと同等であることが分かります.
以上のように,シリーズ・レギュレータの負荷電流が大きい場合は,急に無負荷状態になるとOUT端子の電圧は変動し,固定電圧値まで戻るのに時間が掛かります.また,戻る時間内に負荷回路が動き始めると,シリーズ・レギュレータの固定電圧より大きな電圧が負荷回路に印加されることになり,誤動作の原因になります.LTspiceでもこの現象は確認できますが,実機でも確かめながら設計を進めて行くことをお勧めします.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice045.zip
●データ・ファイル内容
Reg_Transient_Response.asc:図4の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
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