不要信号が減衰するスイッチト・キャパシタ・フィルタはどっち?
図1の回路(a)と(b)はどちらもスイッチト・キャパシタによるローパス・フィルタ(LPF)です.入力信号は,Vin(振幅が2VPPで100Hzの正弦波)とVn(振幅が1VPPで2kHzの正弦波)の不要信号が重畳しています.スイッチト・キャパシタ用のクロック信号は,互いに逆位相で,同時にハイレベルにならないようにしたCK1とCK2で,スイッチ(SW1とSW2)のタイミングを調整しています.各スイッチは,この信号がハイレベルの時にオンするようになっています.
回路(a)と(b)の違いは,回路(a)のクロック信号の周波数が10kHzで,回路(b)のクロック信号の周波数が100kHzとなっています.Out端子で2kHzの不要信号がより減衰しているのは,回路(a)と(b)のどちらでしょうか.
回路(a)のクロック信号の周波数は10kHz
回路(b)のクロック信号の周波数は100kHz
回路(a)
図1のスイッチト・キャパシタ・フィルタのカットオフ周波数(fc)は,クロック周波数をfCKとすると「fc=(fCK*C1)/(2π*C2)」となります.回路(a)は約160Hzで,回路(b)は約1.6kHzです.回路(a)は,カットオフ周波数が160HzのLPFなので,2kHzの不要信号は20dB以上減衰します.回路(b)は,カットオフ周波数が1.6kHzと高いので2kHzの不要信号はあまり減衰しません.
●スイッチト・キャパシタ回路の原理
スイッチト・キャパシタ・フィルタは,コンデンサで可変抵抗を作ることにより,クロック周波数を変えることで,カットオフ周波数を変更することが出来ます.使用するコンデンサのペア精度が良ければ,カットオフ周波数のばらつきを小さくすることができるため,IC化に向いたフィルタ回路です.基本的な原理としては,コンデンサをスイッチで切り替えることで,抵抗のような働きをするという現象を利用しています.
図2(a)(b)は,コンデンサ(C1)をスイッチ(SW1とSW2)で切り替え,抵抗のように働くことを説明する回路です.まず,図2(a)は,SW1がオンでSW2がオフになっています.この時C1に蓄えられている電荷Q1は式1で示されます.また,図2(b)は,SW2がオンでSW1がオフになっています.この時C1に蓄えられている電荷Q2は式2で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図2(a)の状態から図2(b)の状態に移行した時,V2に移動した電荷をΔQとすると,それは式3で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図2(a)の状態から図2(b)の状態への変化をTという周期で繰り返すと,時間Tの間に移動する電荷の量は,式3のΔQになります.単位時間に移動する電荷量が電流なので,V1からV2に流れる電流Iは式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
図3は,V1とV2の間に抵抗R1を接続した回路です.この回路に流れる電流は式5で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式4と式5を比較すると式6のように,T/C1が抵抗R1と等価な働きをしていることがわかります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
また,周期Tと周波数fCKの関係はfCK=1/Tですから,式6は式7に変形できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
まとめると,図2の回路は,図3の回路と等価な働きをしており,その抵抗値は,周波数に反比例することになります.
図2と図3の電圧源V2をコンデンサに置き換えれば,CR LPFになります.図1はこのようにして構成されたCR LPFにOPアンプによるバッファを加えたものです.このLPFのカットオフ周波数(fC)は,抵抗の値が「1/(fCK*C1)」でコンデンサの値がC2なので,式8で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
式8に,回路(a)と(b)の回路定数とクロック周波数(fCK)を代入します.回路(a)のクロック周波数は10kHzで,回路(b)は100kHzなので,それぞれを代入します.代入すると,回路(a)のカットオフ周波数(fCA)は式9の約160Hzとなり,回路(b)のカットオフ周波数(fCB)は式10の約1.6kHzとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
●回路(a)をLTspiceでシミュレーションする
図4は,図1の回路(a)をシミュレーションする回路です.スイッチは,LTspiceの電圧制御スイッチを使用しており,MySWというモデルを「.model MySW sw(Ron=0.1 Roff=10Meg Vt=1.5)」のように記述しています.この記述は,「スイッチがオンした時の抵抗が0.1Ω.オフしている時の抵抗が10MΩ.コントロール電圧が1.5V以上になるとオンする.」という意味です.
V1がCK1を,V2がCK2というコントロール信号を作っています.V1とV2はどちらも周波数が,10kHzのパルス信号です.V2は遅延時間を周期の半分の50μ秒とすることで,V1とは逆位相となるようにしています(図5).また,オン時間を「半周期の時間-立上がり時間-立下り時間」とすることで,V1とV2が同時にハイレベルにならないようにしています.
図6は,図4のシミュレーション結果です.図5下段は,入力信号の波形で100Hzに2kHzが重畳しています.図5上段のOUT端子では入力信号に重畳していた2kHz成分が,かなり減衰していることがわかります.
OUT端子では2kHz成分が減衰していることがわかる.
●回路(b)をLTspiceでシミュレーションする
図7は,図1の回路(b)をシミュレーションする回路です.図4との違いは,V1とV2は周波数が100kHzのパルス信号となっています.
図8はそのシミュレーション結果ですが,図6と比べてOUT端子の2kHz成分があまり減衰していないことがわかります.
OUT端子の2kHz成分があまり減衰していない.
今回は,シンプルな1次のLPFの動作を解説しました.しかし,もっと次数の高いスイッチト・キャパシタ・フィルタがIC化されています.それらのICを利用すれば,外付け部品をほとんど使用せずに高次のフィルタを実現することができます.一例を上げると,LTC1569-7などは,10次のローパス・フィルタが8ピンパッケージに収めらています.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice044.zip
●データ・ファイル内容
SCF_A.asc:図4の回路
SCF_B.asc:図6の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
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