正の極性で1万ボルトに昇圧できる回路はどっち?
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図1の回路(a)と(b)は,ダイオードとコンデンサを組み合わせた昇圧回路です.入力電圧は,ピーク電圧500Vで周波数10kHzの正弦波を入力しています.回路(a)と回路(b)の違いはダイオードの向きになります.この場合,GNDに対して正の1万ボルトの直流電圧が出力できるのは,回路(a)と(b)のどちらでしょうか.
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回路(a)と回路(b)はダイオードの向きが異なっている.
回路(a)
今回の問題は,高電圧を発生させる昇圧回路において,昇圧の仕組みとその極性について解説します.GNDに対して1万ボルトの正の直流電圧が出力できるのは,回路(a)となります.回路(b)はダイオードの向きが逆のため,直流電圧は1万ボルトになりますが,GNDに対して負の電圧となります.
●単純な回路で高電圧を発生させる
回路(a)と(b)は,「コッククロフト・ウォルトン回路」と呼ばれる昇圧回路です.1932年にJohn Douglas CockcroftとErnest Thomas Sinton Waltonが,原子核の実験に使用する加速器用の電源として使用しました.コンデンサとダイオードを交互に組み合わせた,単純な回路で高電圧を発生させることが可能です.また,段数を増やすことで,直流電圧を大きくすることができます.
図2(左)は,コッククロフト・ウォルトン回路の基本となる1段の昇圧整流回路です.この回路の特徴として,交流の入力電圧がC1を介してP1点に供給され,信号が正の時はD2を介してC2が充電され,負の時はD1を介してC1が充電されます[図2(右)].最終的にC1に500V,C2に1000V充電されます.
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コッククロフト・ウォルトン回路はこの基本回路を多段接続したもの.
図2(右) 昇圧整流回路の信号が正の時と負の時の流れ
図3は,図2の回路をLTspiceでシミュレーションした結果です.まず,入力電圧が正の時,D1は逆バイアスとなるのでオープンとみなせます.一方,D2は順バイアスとなり,Out端子の直流電圧の初期値は0VのためC2に電荷が充電されます.
次に,入力電圧が負になった時,D1は順バイアスとなり,P1点の電圧はGNDからダイオードの順方向電圧(約0.7V)だけ下がった電圧でクランプされ,C1が充電されます.この時,D2は逆バイアスとなるのですが,Out端子の電圧は,入力電圧が正の時にC2に充電した電圧で保持されます.
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V(Out)は1000V(入力電圧のピーク値の2倍)の直流電圧となる.
このような動作が繰り返され,C1が充電されることによって,P1点の電圧が徐々に上昇し,最終的に電圧[V(p1)]は500Vを中心にした±500Vの正弦波となります.そして,C2も徐々に充電され,Out端子の電圧[V(Out)]は1000V(入力電圧のピーク値の2倍)の直流電圧となります.図4は,C1とC2に直流電圧が充電される様子をシミュレーションした結果です.充電される電圧は,C1とC2のコンデンサの両端の電圧差となります.C2は,端子の片側がGNDのため,C2の両端電位差は,Out端子の電圧と同じになります.
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充電される電圧は,C1とC2のコンデンサの両端の電圧差となる.
●基本回路を直列に多段接続
コッククロフト・ウォルトン回路は,図2の基本回路を次々と直列に多段接続したもので,1段増やすごとに,入力電圧のピーク値の2倍の直流電圧が加算されていきます.また,±500Vの交流電圧は,次段の回路に引き継がれます.入力電圧のピーク値をVINとすると,コッククロフト・ウォルトン回路の出力電圧VOは式1で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図5が回路(a)のシミュレーション用の回路です.図2のP1に相当するノードにはP1~P10のラベルを付けています.また図2のOutに相当するノードにはO1~O9とOutのラベルを付けています.
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シミュレーション結果がわかり易いように,各ノードにラベルを付けてある
図6が図5のシミュレーション結果で,O1~O9とOutの電圧を表示しています.1段ごとに1000Vずつ電圧が上昇し,最終出力のV(Out)は10kV(1万ボルト)になっていることがわかります.
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1段ごとに1000Vずつ電圧が上昇している.
●使用する素子の耐圧が低くても良い
コッククロフト・ウォルトン回路は,使用する素子の耐圧が低くても良いというメリットがあります.10kVに昇圧する場合も,コンデンサやダイオードの耐圧は10kVよりも大幅に低くてすみます.
図7はコンデンサC20とダイオードD20の両端に加わる電圧をプロットしたものです.LTspiceで2点間の電圧差を表示したい場合,最初のノードでマウスの左ボタンをクリックし,ボタンを押したまま,マウスを移動して,次のノードでボタンを離します.
図7を見てわかるように,各素子に加わる電圧は最大でも1kVとなっています.コッククロフト・ウォルトン回路では,各素子に加わる最大電圧が入力電圧ピーク値の2倍なので,この電圧で使用できる耐圧の素子を選択すればよいことになります.つまり,今回の場合,耐圧は,1kVで良いのですが,余裕をみて2kVのものを選択すれば問題ありません.
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出力電圧は10kVだが,素子に加わる電圧は最大1kV.
図8は,回路(b)のシミュレーション用の回路です.ダイオードの向きが回路(a)と逆になっています.そのため,図9のシミュレーション結果では,出力は負の直流電圧になっています.
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ダイオードの向きが図5とは逆になっている.
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出力電圧は負の値になっている.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice036.zip
●データ・ファイル内容
Cockroft_Walton_1.asc:図2の回路
Cockroft_Walton_A.asc:図5の回路
Cockroft_Walton_B.asc:図8の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
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