正しいゲインが得られるPGA回路はどっち?
図1の回路(a)と(b)は,OPアンプ(LT1001)を使用したPGA(Programmable Gain Amplifier)回路です.PGA回路は計測器のレンジ切り替えなど,異なる増幅率(ゲイン)が必要な場合に使われる回路です.
回路(a)と(b)は,三つのゲインに切り替えが可能で,三つのスイッチ(Analog SW)の内どれか一つをオンさせると,その時の抵抗比で3種類のゲイン(10倍,100倍,1000倍)を得ることができる回路です.抵抗値(R1~R3)は,スイッチのオン抵抗が0Ωの理想状態で,3種類のゲインを得るようにそれぞれの回路で設定しています.
そこで,各スイッチに50Ωのオン抵抗があった場合,正しいゲインが得られるPGA回路は,回路(a)と(b)のどちらでしょうか?
回路(a)は,スイッチをR1a,R2a,R3aとGNDの間に配置したPGA回路.
回路(b)は,スイッチをOPアンプの反転端子とR1b,R2b,R3bの各接続点の間に配置したPGA回路.
回路(b)
回路(a)と(b)の大きな違いは,スイッチの配置により,抵抗(R1~R3)の配置に大きな違いがあります.
回路(a)は,スイッチのオン抵抗が,直列に抵抗(R1a~R3a)へ入ります.そのため,抵抗(R1a~R3a)は,スイッチのオン抵抗50Ωが加算され,各抵抗値が1161Ω,151Ω,60Ωとなるため,設定したゲインより小さくなります.
回路(b)は,スイッチがOPアンプの反転端子と抵抗(R1b~R3b)の間にあります.そのためOPアンプの入力インピーダンスは,スイッチのオン抵抗より大きいので,オン抵抗を無視できます.したがって,回路(b)がスイッチのオン抵抗に影響を受けない正しいゲインが得られます.
●スイッチをON/OFFしてゲインを切り替えるPGA回路
PGA回路は,OPアンプのゲインに関係する抵抗ネットワークをスイッチで切り替え,クローズ・ループ・ゲインを切り替えるアンプです.図2は,PGA回路の簡易ブロック図です.ゲインの制御はディジタル信号の論理によりスイッチをON/OFFさせ抵抗値を変えています.
PGA回路の用途は,計測器のレンジ切り替えやADコンバータの入力電圧範囲に合わせる用途に使われています.小さな信号から大きな信号を扱うシステムでは,ソフトウェアにより信号処理に必要なゲインをプログラムできます.このことから,プログラマブル・ゲイン・アンプという名称が付いています.
スイッチはアナログ・スイッチが使われるのが一般的です.アナログ・スイッチはFET(Field Effect Transistor)で構成され,そのオン抵抗は,数十~数百Ωほどの値になり,スイッチを入れる場所によってはその値は無視できません.
ゲインの制御はディジタル信号の論理によりスイッチをON/OFFさせ抵抗値を変える.
●スイッチのオン抵抗の影響を受けにくい回路
図3(a)(b)は,図1の回路(a)と(b)のスイッチが一つだけオンしている状態を簡略化した回路です.ZIN-はOPアンプの反転端子からみた入力インピーダンスです.ZIN-はデバイスにもよりますが,数十MΩという大きな値となります.
図3(a)は,R1とRON(スイッチのオン抵抗)が直列に接続されています.v’からみるとZIN-は「R1+RON」と並列に接続しています.ZIN-の入力インピーダンスの値は,「R1+RON」より非常に大きいので無視できます.そのためv’からみたインピーダンスは「R1+RON」になります.また,OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートであることから式1が導かれます.
図3(a)は,R1とRONが直列に接続されている.
図3(b)は,スイッチがOPアンプの反転端子とR1とR2の接続点の間に接続されている.
図3(a)のゲインは,式2よりR1とRONの抵抗値が近いので,RONを無視できません.「R1>>RON」となればオン抵抗の影響は減りますが,大きなゲインが必要なときはR2を大きくする必要があり,ゲインは抵抗値の上限(数MΩほど)からくる制限より大きな値は望めません.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
したがって,ゲインは,式2となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図3(b)は,スイッチがOPアンプの反転端子とR1とR2の接続点の間にあります.OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートであり,v’の電圧はRONの電圧降下を加えると式3となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
したがって,ゲインは式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4の(1+RON/ZIN-)において,ZIN-はRONより非常に大きく,「(1+RON/ZIN-)=1」とみなせることから式5となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式2と式5を比較すれば,回路(a)より回路(b)の方がスイッチのオン抵抗の影響を受けにくい回路といえます.
●シミュレーションに必要な部品を作る
PGA回路のシミュレーションを実行する場合,1回のシミュレーションで三つのスイッチを切り替えるために,スイッチを制御するコントロール回路を部品として作ります.図4がシミュレーション用に作成したコントロール回路で,単電源OPアンプ(LT1006)を使用したウィンドウ・コンパレータ回路です.PGA回路のシミュレーションはDC解析を使用しますので,3種の電圧値(1V,2V,3V)をCtl端子へ入れると,X端子,Y端子,Z端子にスイッチを制御する信号(Highは5V,Lowは1V)が出力されるようにします.この部品はサブサーキットとし,それに対応するシンボルを用意しました.
図5は図4のシミューション結果です.Ctl端子が1V±0.1Vのときは,X端子が5V(High)となり,Y端子とZ端子が1V(Low)になります.2V±0.1Vのときは,Y端子が5Vとなり,X端子とZ端子が1Vになります.3V±0.1Vのときは,Z端子が5Vとなり,X端子とY端子が1Vとなっています.
Ctl端子が1V±0.1VのときはX端子が5V,2V±0.1VのときはY端子が5V,3V±0.1Vのときは,Z端子が5Vになっている.
●PGA回路をシミュレーションし,二つの回路を比較する
図6は,回路(a)と(b)をシミュレーションする回路です.LTspiceの部品にあるスイッチを使用して,オン抵抗(RON)を50Ω,オフ抵抗(ROFF)を10MΩ,スイッチのスレッショルド(しきい値)電圧を2.5Vとしました.シミュレーションは,DC解析を使用して,入力(Vin)へ0~10mVを1mVでスイープする直流電源を与え,その時のゲイン(出力電圧/入力電圧)を調べます.DC解析は二つめのパラメータとして,制御信号となるコントロール回路へ印加する1V,2V,3Vの三つの条件を1回のシミュレーションで行います.
図7は図6のシミュレーション結果です.回路(a)は高いゲインになるほどゲイン誤差を生じています.回路(b)は,ゲインが1000倍の時に,わずかな誤差はありますが,回路(a)と比較するとゲイン誤差は少なく,良好なPGA回路であることが分かります.
回路(a)は高いゲインになるほどゲイン誤差が生じる.
回路(b)は高いゲインでもゲイン誤差が少ない.
PGA回路ではOPアンプの入力バイアス電流が抵抗ネットワークへ流れるため,「入力バイアス電流×抵抗値」の電圧降下が入力オフセット電圧となります.この回避策としては, 非反転端子,反転端子の入力バイアス電流がほぼ同じであることから, OPアンプの反転端子から見た抵抗ネットワークのインピーダンスと同じものを非反転端子へ接続することで解決できます.図3(b)の素子番号を用いると,「R1//R2」に相当する値を非反転端子へ直列に入れれば,その誤差は抑えられます.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice031.zip
●データ・ファイル内容
PGA.asc:図6の回路
Control.asy:図4の回路
Control.asc:図4のシンボルファイル
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
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