大きな音が出るパワー・アンプ回路はどっち?
図1の回路(a)と(b)は,オーディオ用のパワー・アンプ回路です.パワー・アンプは単電源で,電源電圧が10Vです.ぎりぎりまでひずむことなく出力できる能力を持っている理想のアンプとします.回路(a)のアンプには4Ω(RL)の負荷抵抗(スピーカ)が接続されており,回路(b)のアンプには8Ω(RL)の負荷抵抗が接続されています.ここに入力として1kHzで1Vppの正弦波を加えた場合,負荷抵抗で発生する電力が大きいのは回路(a)と(b)のどちらでしょう?
回路(a)の負荷抵抗は4Ωで,回路(b)の負荷抵抗は8Ω.
回路(b)
負荷抵抗(RL)に加わる電圧(Vout)は,回路(a)が10Vpp(3.54Vrms)で回路(b)が20Vpp(7.07Vrms)です.負荷抵抗で発生する電力はVout2/RLなので,回路(a)の負荷抵抗で発生する電力は3.13Wとなり,回路(b)の負荷抵抗で発生する電力は6.25Wとなります.つまり,回路(b)のほうが負荷抵抗で発生する電力が大きくなります.
●Single-Ended アンプとBTL接続アンプ
回路(a)は,ごく一般的な回路形式ですが,「Single-Endedアンプ」と呼ばれることもあります.一方,回路(b)は「BTL接続アンプ」と呼ばれる回路です.BTLは,「Balanced Transformer Less」,「Bridged Transformer Less」,「Bridge-Tied Load」など色々ありますが,どれも同じ構成の回路を指しています.
回路(b)は,二つのアンプを使用して,それぞれのアンプ出力間に負荷を接続し,それぞれのアンプから逆位相の信号が出力されます.このような構成にすることで,同じ電源電圧の回路(a)と比べて,電力を最大4倍とすることができます.回路(a)を回路(b)と同じ電力とするためには,負荷抵抗を1/4にする必要があります.また,回路(b)は,二つのアンプの出力直流電圧が等しいために負荷抵抗を直結しても直流電流は流れません.なので,単電源で構成した場合,出力カップリング・コンデンサ(C1)を省略できるので,カーオーディオ用パワー・アンプなどでよく使用されています.また,±電源のパワー・アンプで構成すれば,出力カップリング・コンデンサ(C1)は省略できます.
●Single-Endedアンプの電力をLTspiceで確認する
図2は,回路(a)のシミュレーション用の回路です.パワー・アンプは,非反転となっており,ゲインは10倍(20dB)です.また,回路図には電源が表示されていませんが,電源電圧(Vcc)は10Vとします.バイアス電圧(VB)は電源電圧の1/2となる5Vです.入力は1kHz で1Vppの正弦波としています.
負荷抵抗(RL)は4Ωです.単電源アンプなので出力カップリング・コンデンサ(C1)が必要になります.このコンデンサと負荷抵抗でハイパス・フィルタが構成されるため,低音を通過させるには非常に大きなコンデンサが必要になります.RLとC1で構成されるハイパス・フィルタのカットオフ周波数(fc)を20Hzとするためには,式1のように約2000uF程度のコンデンサが必要になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図2のパワー・アンプの無ひずみ最大出力は,電源電圧の値をVccとすると,次のように計算します.最大出力電圧実効値(Vout)は式2となり,負荷抵抗で発生する出力電力(Pout)は式3で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
負荷抵抗(RL)4Ωと電源電圧(Vcc)10Vを代入すると式4のように,3.13Wになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
図2のシミュレーション結果が図3になります.図3は負荷抵抗(RL)で発生する瞬時電力を示しており,その平均値は約3.12Wと,式4で計算した値とほぼ同じになっています.抵抗などの素子で発生する消費電力をプロットする時は,Altキーを押しながら,カーソルを素子上に置くと,図4のようにカーソルが温度計のマークに変わるので,その時に左ボタンをクリックすることで簡単に表示できます.また,表示されている波形の平均値を知りたい時は,図3のようにCtrlキーを押しながら,文字を左クリックします.
●BTL接続アンプの電力をLTspiceで確認する
次にBTL接続 アンプの動作を考えます.図5が回路(b)のシミュレーション用の回路です.二つのパワー・アンプの電源電圧は回路(a)と同様に10Vとします.バイアス電圧(VB)も電源電圧の1/2で5Vです.入力信号は1kHzで1Vppの正弦波です.
BTL接続の特徴として,アンプ(X1)は+側入力端子に信号源(VIN)が接続され,非反転アンプとして働きます.アンプ(X2)は,+側入力端子は,バイアス電圧に接続され,B点を入力とした反転アンプとなります.
抵抗(R2)は A点につながれていますが,A点はアンプ(X2)の+入力端子と同じ電圧(5V)となり,仮想的な接地ポイントとみなすことができます.そのためアンプ(X1)のゲインは式5で表わすことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
また,B点は,アンプ(X1)の+入力端子と同じ電圧(5V+VIN)になるため,加えられた入力信号と同じになります.そのため,アンプ(X2)はB点を入力とした反転アンプと考えることができ,そのゲインは式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
図5の抵抗値を式5と式6に代入すると「Gout1=Gout2=10倍(20dB)」です.OUT1およびOUT2の出力直流電圧は同じ値になるため,負荷抵抗は,カップリング・コンデンサ無しで,直接に接続することが可能です.電源電圧の値をVccとした時の,OUT1,OUT2の無ひずみ最大出力電圧実効値(Vout1,Vout2)は,それぞれ式7および式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
負荷抵抗の両端に加わる電圧をVoutとすると,式9で求めることができます.負荷抵抗に加わる電圧は,アンプ単体の電圧の2倍になっています.
・・・・・・・・・・・・・・(9)
また,負荷抵抗に発生する電力は式10となり,式3[回路(a)]の4倍になっていることがわかります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
負荷抵抗(RL)8Ωと電源電圧(Vcc)10Vを代入すると式11のように,Poutが6.25Wになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
図6が図5のシミュレーション結果です.上段は式9を図示したもので,OUT1とOUT2の差電圧で,抵抗(RL)に加わる電圧になります.差電圧をLTspiceで表示する場合は,OUT1のノードでマウス左ボタンをクリックして,ボタンを押したまま移動させると,黒いプローブ・マークが現れます.そのプローブ・マークをOUT2のノードの上に置き,マウスのボタンを離すと簡単に波形が表示できます.
下段は,OUT1とOUT2の出力電圧となります.アンプ(X1)が非反転アンプで,アンプ(X2)は反転アンプなので,きれいな逆位相の波形となっています.
上段はOUT1とOUT2の差電圧で,抵抗(RL)に加わる電圧.
下段はOUT1とOUT2の出力電圧で,きれいな逆位相の波形となっている.
図7は負荷抵抗で発生する瞬時電力を表示させたもので,その平均電力は式11と同じ,6.25Wとなっています.
●クリップ時の最大出力電力でさらに出力を大きくする
一般的なオーディオ機器は,ひずみ10%の時の出力を実用最大出力としてカタログ等に記載します.カーオーディオ用パワー・アンプの場合は,より大きな値となる,クリップ時の出力を最大出力として表示することが多いようです.クリップとは,大きな信号がアンプに入力され,アンプの電源電圧を超えた出力がカットされて,電源電圧と同じ値になることです.
単電源BTL接続アンプの完全クリップ時の最大出力電力は,式12で計算できます.式10は,電源電圧の値をVccとした時の,無ひずみ最大出力電力(負荷抵抗に発生する電力)です.出力がクリップするような入力を与えれば,さらに出力電力が大きくできます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
RL=8Ω,Vcc=10Vを代入すると式13のように,Pout=12.5Wになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
図8はクリップ時の出力電力をシミュレーションするための回路で,入力信号を10Vppとしています.また,図9はそのシミュレーション結果で,出力電力は約12Wとなっています.
●電圧制御電圧源を使った出力電圧制限可能なアンプ
最後に,今回のシミュレーションで使用した,電圧制御電圧源(E)を利用して,出力電圧制限可能なアンプを作る方法を紹介します.電圧制御電圧源は,ゲインを任意に設定することができるため,簡易OPアンプとして手軽に利用できます.ただし,今回のアンプのように,出力電圧が制限されたアンプが必要なこともあります.
図10が今回のシミュレーションで使用したアンプの内部回路です.負電源,正電源の電圧値をVeeとVccというパラメータとして受け取り,table機能を利用して出力電圧制限アンプとして動作させています.
「table=-10u{Vee}10u{Vcc}」このように記述すると,電圧制御電圧源の+入力端子と-入力端子の電圧差が-10μV以下の時は出力電圧はVeeと同じ電圧になり,10μV以上の時はVccと同じ電圧になります.そして,-10μVから10μVの間は出力電圧がリニアに変化します.
図11がこのアンプの入出力特性をシミュレーションするための回路です.Vcc=10V,Vee=-10Vとし,入力電圧を-50μVから50μVまで変化させています.
図11のシミュレーション結果が図12となります.入力が-10μVから10μVの間はリニアな動作で,それ以外では-10Vと10Vに張り付いていることがわかります.リニアな動作の時の直線の傾きがゲインです.電源電圧の設定値によって多少変わりますが,図11の条件でのゲインは,G=20V/20μV=106=120dBとなっています.単電源で使用する時はVee=0としてください.
ゲイン(直線の傾き)は120dBとなっている.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice028.zip
●データ・ファイル内容
Single-Ended.asc:図2の回路
BTL.asc:図5の回路
BTL_Clip.asc:図8の回路
LimitAMP.asc:図10の回路
LimitAmp.asy:図10の回路用のシンボルファイル
LimitAmp_InOut.asc:図11の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
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