低音が増強されるトーン・コントロール回路はどっち?
図1は,オーディオ・アンプに使用されるトーン・コントロール回路です.回路(a)はBASSコントロール用のボリューム(BASS_Vol)の摺動子を示す矢印が左端にあります.回路(b)ではこの矢印が右端になっています.この状態で音楽を聴いた時,低音が増強されるのはどちらの回路でしょう?
回路(a)はBASS_Volの矢印が左端にあり,回路(b)は右端にある
回路(a)
ボリュームの抵抗値をR_Volとすると回路(a)の低域のゲインを求める式は(R_Vol+R2)/R1となり,回路(b)の低域のゲインを求める式はR2/(R_Vol+R1)となります.それぞれの式に回路(a)と(b)の素子の数値を代入すると,回路(a)のゲインは9.3倍で,回路(b)のゲインは0.11倍となります.つまり,低音が増強されるのは回路(a)です.
●BAXANDALL型トーン・コントロール回路
図1のトーン・コントロール回路はP.J.BAXANDALL氏が考案したNF型のトーン・コントロール回路で,「BAXANDALL型トーン・コントロール回路」と呼ばれることもあります.
1個のOPアンプで低音(BASS)と高音(TREBLE)の両方のコントロールが可能です.また,抵抗値に正比例するBカーブ・ボリュームを使用した場合,ボリュームがセンタの時は完全に周波数特性がフラットになるなど,非常に巧妙に考えられた回路です.アンプのトーン・コントロール回路では,ボリュームがセンタの時,高音も低音もブーストやカットしない周波数特性がフラットな「素の音」にすることが望まれます.
しかし,多くの抵抗とコンデンサが負帰還ループに存在するため,回路動作が分かり難くなっています.そこで,今回は,「BASSコントロール回路」と「TREBLEコントロール回路」の周波数領域ごとに回路を簡略化して解説します.
●BASSコントロール回路
はじめに,BASSコントロール回路を解説します.図2は,BASSコントロール回路の動作を検討するために,信号周波数が低い時(約1kHz以下)に動作する部分を抽出した回路です.ボリュームはセンタ状態としています.図1のC3は低域ではインピーダンスが高く,動作上無視できるため図2では省略しています.また,R3,R4はそれぞれ入力端子とアンプ出力に接続されていますが,信号源インピーダンスが低い場合は無視することができるため,図2では省略しています.
図2を見ると,この回路は反転アンプとなっていることがわかります.入力側インピーダンスをZ1,帰還側のインピーダンスをZ2とすると,そのゲインはZ2/Z1になります.しかし,R1=R2,C1=C2とすることで,ボリュームがセンタの場合は,Z1=Z2となるため,ゲインは1倍となり,周波数特性もフラットになります.
信号周波数が低い時に動作する部分を抽出した回路.
図3はボリュームの摺動子を一番左側にした最大ブースト時の等価回路です.最大ブースト時では,ボリュームは普通の抵抗(R_Vol)と同じ扱いになります.C1はショート状態となるため,省略し,R5もゲインには影響しないため省略しています.省略して見ると,図3も単純な反転アンプと考えられますから,低域(直流)ゲイン(GBASS BOOST)は式1になります.
最大ブースト時では,ボリュームは普通の抵抗(R_Vol)と同じ扱いになる.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,この状態でゲインが3dB上昇する周波数(fBASS)は式2で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
摺動子を一番右側にして,カットモード(低域減衰モード)とした場合は,C2がショートされることになり,その時の低域(直流)ゲイン(GBASS CUT)は式3で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
式3に,回路(a)と(b)の素子の数値を代入すると,
GBASS BOOST=9.3倍,GBASS CUT=0.11倍,fBASS=491Hzとなります.
●TREBLEコントロール回路
次はTREBLEコントトロール回路について考えてみます.図4は信号周波数が高い時(約1kHz以上)に動作する部分を抽出した回路です.図1のC1,C2は高域でインピーダンスが低く,ショートしたものとみなせるため,ボリュームと共に省略しています.
信号周波数が高い時に動作する部分を抽出した回路.
また,図4において,R1,R2,R5はY字型に結線されていますが,これをΔ型に変換したものが図5になります.図4において,R1=R2=R5=RBとするとΔ型結線に変換した図5の抵抗の値はRD1=RD2=RD3=3*RBとなります.ここで,RD1は入力端子とアンプ出力に接続されており,信号源インピーダンスが低い場合は無視することができます.このように簡略化すると,図5も反転アンプとなっていることが分かります.入力側インピーダンスをZ1,帰還側のインピーダンスをZ2とすると,そのゲインはZ2/Z1になります.しかし,R3=R4とすると,ボリュームの位置がセンタの時はZ1=Z2となり,ゲインは1倍で,周波数特性も持たないフラットな状態になることがわかります.
簡略化すると,反転アンプとなっていることが分かる.
次にTREBLEの最大ブースト時のゲインを計算してみます.図6が最大ブースト時の状態の等価回路です.図5のRD1は削除し,ボリュームの摺動子が一番左側の状態になるため,R_Volという抵抗に置き換えています.また見やすくするため,抵抗の位置を入れ替えています.
図6を見ると,信号周波数が低く,C3のインピーダンスが高い状態でのゲインはRD2とRD3で決まり,ゲインは1倍となることがわかります.信号周波数が高い場合はC3のインピーダンスが低くなるため,図7のようにC3を取り外し,配線でショートした回路とみなすことができます.
単純な反転増幅回路として動作することが分かる.
図7を見ると,この回路は単純な反転増幅回路として動作することがわかります.
この回路のゲイン(GTREBLE BOOST)は式4になります.ここで,R3=R4=RTとし,RD2=RD3=3*RBとして計算しています.
・・・・・(4)
この状態でゲインが3dB上昇する周波数(fTREBLE)を厳密に計算するのは大変なのですが,おおむね,RD2とC3で決まるため,式5で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
ボリュームの摺動子を右端にした最大カット時のゲイン(GTREBLE CUT)は式4の分母・分子を入れ替えたものになり,式6になります.
・・・・・(6)
式6に,回路(a)と(b)の素子の数値を代入すると,
GTREBLE BOOST=8.8倍,GTREBLE CUT=0.11倍,fTREBLE=2.5kHzとなります.
●LTspiceでトーン・コントロール回路をシミュレーションする
図8がLTspiceでシミュレーションするための回路図です.使用しているOPアンプはLTspiceシンボル・ライブラリのOpampsフォルダに入っている「opamp」です.このopampを使ってシミュレーションを行う場合は「.lib opamp.sub」を回路図に追加する必要があります.
ボリュームを抵抗と変数で表現している
●抵抗と変数でボリュームを表現
摺動子のあるボリュームは,2本の抵抗と変数を使って表現します.まず,ボリュームの回転角度を表す変数(BASS)を定義します.BASSはボリュームを一番左に回した時が0で一番右に回した時を1として使用します.ボリュームのセンタは0.5なので「.param BASS=0.5」と定義します.次にボリュームを2本の抵抗(R_Vol_B1,R_Vol_B2)に分割し,それぞれの抵抗値を{B1},{B2}とします.B1,B2の値は「.param B1=100k*BASS+1m B2=100k*(1-BASS)+1m」と定義します.1mを加算しているのは,BASS=0または1の時に抵抗値が0Ωになってしまわないようにするためです.
同様にTREBLE,T1,T2を「.param TREBLE=0.5」「.param T1=100k*TREBLE+1m T2=100k*(1-TREBLE)+1m」と定義します.
図8では「.step」コマンドを使ってBASSを0から1まで0.1ステップずつ変化させた時の周波数特性をシミュレーションしています.そのシミュレーション結果が図9になります.TREBLEをセンタで固定し,BASSを0から1まで変化させた様子が分かります.
TREBLEをセンタで固定し,BASSを0から1まで変化させた様子が分かる.
図10は「.step」でTREBLEを0から1まで0.1ステップずつ変化させてシミュレーションするための回路です.また,そのシミュレーション結果が図11です.BASSをセンタで固定し,TREBLEを0から1まで変化させた様子が分かります.
BASSをセンタで固定し,TREBLEを0から1まで変化させた様子が分かる.
最後にBASSボリュームとTREBLEボリュームの両方を同時に変化させた時のシミュレーションをやってみます.図12がそのための回路です.「.step」でBASSを変化させ,「.param TREBLE=BASS」とすることで両方を同時に変化させてシミュレーションを行います.図13がシミュレーション結果です.BASSとTREBLEを0から1まで変化させた様子が分かります.
BASSとTREBLEを0から1まで同時に変化させた様子が分かる.
このようにLTspiceを使用すると,トーン・コントロール・ボリュームを変化させた時の周波数特性を簡単にシミュレーションすることができます.定数を変えた時のカットオフ周波数の変化,また,ブーストやカット特性の変化が簡単にわかるため,自作オーディオ装置の設計などに大変役立つと思います.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice026.zip
●データ・ファイル内容
BAXANDALL_tone1.asc:図8の回路
BAXANDALL_tone2.asc:図10の回路
BAXANDALL_tone3.asc:図12の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
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