前段の回路の影響を受けにくい入力インピーダンスの大きい回路はどっち?
図1の回路(a)と(b)は,直流をカットして交流を残す,交流結合ボルテージ・フォロワ回路です.C1とC4は,共に0.022uFのコンデンサを使用します.OPアンプの非反転端子と接地間の抵抗値は,回路(a)が,R1(70 kΩ)とR2(10 kΩ)で80kΩ,回路(b)がR3で80kΩです.さらに回路(a)には,R1とR2の接続点と,OPアンプの出力間に正帰還のコンデンサC2(0.0022uF)があります.OPアンプは,無限大周波数まで,直流オープン・ループ・ゲインが120dBの理想OPアンプとします.
この場合,入力端子(Vin)から見て,入力インピーダンスが大きく,前段の回路の影響を受けにくい回路は,どちらでしょうか?
回路(a) は,非反転端子と接地間の抵抗値は80kΩと回路(b)と同じだが,R1(70 kΩ)とR2(10 kΩ)の接続点と,OPアンプの出力間に正帰還のコンデンサC2(0.0022uF)がある
回路(a)
回路(a)のような正帰還回路は,ブートストラップ(boot-strap)と呼ばれています.回路(a)の入力インピーダンスをZin1(s), 回路(b)の入力インピーダンスをZin2(s)とすると,回路(a)の入力インピーダンスは,ブートストラップにより,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
一方,回路(b)の入力インピーダンスは,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
C1=C2, (R1+R2)=R3において式(1),式(2)を比べると式(1)のほうがsC2R1R2分だけ入力インピーダンスが大きくなります.
回路(a)のような正帰還回路は,ブートストラップと呼ばれています.ブートストラップは,ブーツの上側にあるストラップを指し,ブーツを履くときに使用する部分です.電子回路では,回路自身で何かをする際に使われる言葉です.回路(a)では,C2を用いた正帰還が,回路自身で何かをする部分にあたり,このブートストラップという名前が付いているのだと思います.また,ブートストラップという言葉は他の回路でも使われており,DC-DCコンバータの出力のハイ・サイド・スイッチにNMOS-FETを用いた場合,そのゲート電圧をソース電圧より高くするコンデンサをブートストラップ・コンデンサ,またはそれらの回路の総称をブートストラップ回路と呼んでいます.
●正帰還を使い入力インピーダンスを大きくする
交流結合ボルテージ・フォロワ回路は,直流結合ボルテージ・フォロワ回路の応用です.直流結合ボルテージ・フォロワ回路は,大きな入力インピーダンスを持ちバッファ回路やドライバ回路で使われています.そこで,直流結合ボルテージ・フォロワ回路の入力へ,コンデンサを配置し,直流をカットするのが,交流結合ボルテージ・フォロワ回路です.
交流結合ボルテージ・フォロワ回路は,OPアンプの非反転端子へ直流バイアス電圧を与えなければならないことから回路(b)では,抵抗(R3)が必要となり,直流ボルテージ・フォロワ回路より入力インピーダンスが小さくなります.
回路(a)は,回路(b)にC2を配置したものです.そこで,回路(a)のC2に,回路で扱う信号周波数帯で小さなインピーダンスになる値を選ぶと,OPアンプはバーチャル・ショートしていますので,非反転端子とR1とR2の接続点の電圧がほぼ等しくなります.電圧が等しくなると,R1に電流が流れなくなり,入力インピーダンスを大きくすることができます.この技法がブートストラップです.入力インピーダンスが大きくなると,前段の回路の影響を受けにくい回路となります.弱点は,正帰還を使うので回路の設計が難しく,発振や雑音が増えますが,回路の技法としては興味深いものです.
●入力インピーダンスを計算してみよう
図2は,理想OPアンプのバーチャル・ショートが成り立ってOPアンプの非反転端子と反転端子が同じとなり,かつR1,R2,C2をY-Δ変換した回路(a)の入力インピーダンスを計算する等価回路です.
(b) OPアンプを理想としY-Δ変換後の回路(a)の入力インピーダンスを計算する等価回路
図3に,Δ-Y変換[図3(a)](デルタ・スター変換,または,デルタ・ワイ変換),Y-Δ変換[図3(b)](スター・デルタ変換,または,ワイ・デルタ変換)の公式を載せました.Δ-Y変換とY-Δ変換は,インピーダンスの変換公式です.この公式を用いて入力インピーダンスを求めます.Δ-Y変換は,Δの形をした回路網からYの形をした回路網へ変換するときに使います.Δの形をした回路網のa,b,cの三つの端子からみたインピーダンスはa,b,cの三つの端子からなるYの形に変換できます.Y-Δ変換はその逆の変換です.Y-Δ変換はアドミッタンス(インピーダンスの逆数)で考えるとΔ-Y変換と同じ式です.
(b)Y-Δ変換 Y-Δ変換はアドミッタンスで考えるとΔ-Y変換と同じ式
図2(b)では,バーチャル・ショートが成り立っており「Va=Vo1」ですので,Z2には電流が流れません.したがって,入力端子「Vin」からみた入力インピーダンスはC1とZ1の合成インピーダンスで表されます.ここでZ1を図3(b)のY-Δ変換を用いれば,
・・・・・・・・・(3)
入力インピーダンスは,C1とZ1の合成インピーダンスなので式(1)となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
これより,入力インピーダンスは,式4となります
・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●交流結合ボルテージ・フォロワの伝達関数
次に図2(b)を用いて交流結合ボルテージ・フォロワ回路の伝達関数を求めます.出力(Vo1)はバーチャル・ショートが成り立つことから「Va=Vo1」ですので, Vaの伝達関数と同じです.Vaの伝達関数を求め,式を整理すると,
・・・・・・・・・(5)
式(5)の絶対値をとり,ゲインの周波数特性は,(ω=2πf)
・・・・・・・・・・・・・・(6)
図1の回路(b)はC2=0の場合です.この時のゲインの周波数特性は,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
ω=1/bのときが遮断周波数なので,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
また,この時のゲインは式(7)より1/√2 =-3.01dBです.
●LTspiceで入力インピーダンスとゲイン周波数特性を確かめる
図4は,交流結合ボルテージ・フォロワ回路の入力インピーダンスとゲイン周波数特性をシミュレーションする回路です.回路は三つあり次の3条件としました.条件Bが図1の回路(a)になります.
条件B: C2 > C3(C3はC2の1/10)の条件で正帰還が弱めの状態.遮断周波数は条件A程度
条件C: 条件Aの遮断周波数と同じ周波数においてゲインが0dBとなる状態.式(6)のb2=2aとする条件であり,C2=[(R1+R2)2/2R1R2]C1で与えた
図5は,入力インピーダンス周波数特性となります.図5の入力インピーダンスは「入力電圧÷入力端子から回路へ流れ込む電流」から求めています.具体的には条件Aを例にとると,「V(vin) / I(C1)」です.
周波数100kHzで三つの条件の入力インピーダンスは式(4)から,条件Aは80kΩ,条件Bは1MΩ,条件Cは44MΩです.条件Bと条件Cは,ブートストラップにより入力インピーダンスが大きくなります.これは図5に示すシミュレーションの結果も同等な値が得られています.
図6は,ゲイン周波数特性のシミュレーション結果です.ゲイン周波数特性において条件BはC2 >C3 であることからブートストラップの効果が強く出ず,その遮断周波数とゲイン周波数特性は条件Aと同等であることがわかります.一方,条件Cは条件Aの遮断周波数と同周波数でゲインを0dBになるよう設定しましたが,100Hz~1kHzの間でゲインの盛り上がりがあり,この周波数領域ではボルテージ・フォロワの「ゲイン=0dB」から外れますので注意が必要です.
以上のように図1の回路(a)の交流結合ボルテージ・フォロワ回路は,ブートストラップにより入力インピーダンスを大きくできます.しかし,大きな入力インピーダンスを得るためにはC2を大きくしブートストラップの正帰還量を増やさねばなりません.これは負帰還回路の不安定を招きます.また,このC2のインピーダンスは高い周波数になると小さくなり,R1がOPアンプの非反転端子と反転端子間に接続されているのと等価になります.この状態は R1で発生する熱雑音をOPアンプのオープン・ループ・ゲインで増幅することになりますから出力雑音が増すことになります.これらの弱点を踏まえて交流結合ボルテージ・フォロワ回路のブートストラップを注意して使うことが必要です.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice021.zip
●データ・ファイル内容
High_Zin_Voltage_Follower.asc:図4の回路
Ideal_OP.asc:理想OPアンプの回路
Ideal_OP.asy:理想OPアンプのシンボル
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
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