スイッチング電源で出力電圧が高い回路はどっち?
図1の回路(a)と(b)はどちらもコイルを使用したスイッチング電源です.回路図の中のスイッチ(SW1)は,スイッチング周波数が100kHzで,デューティ比が50%のクロック信号でON/OFFしており,そのON抵抗は負荷抵抗に対して十分小さいものとします.どちらの回路も10Ωの負荷抵抗(RL)が接続されています.回路(a)の電源電圧は10V,回路(b)の電源電圧は5Vです.この場合,回路(a)と(b)で出力電圧が大きいのはどちらの回路でしょう?
回路(b)
回路(a)は,降圧型スイッチング電源です.スイッチのオン・デューティ比が50%で動作している場合,出力電圧は入力電圧の約半分の電圧になります.そのため,回路(a)の出力電圧は5V弱となります.
回路(b)は,昇圧型スイッチング電源です.スイッチのオン・デューティ比が50%で動作している場合は,出力電圧は入力電圧の約2倍の電圧になります.回路(b)は,電源電圧が5Vですから,出力電圧は10V弱となり,回路(b)のスイッチング電源のほうが出力電圧は,高くなります.
●降圧型スイッチング電源
まず,簡単に両者の回路動作を説明します.回路(a)は,PWM出力回路の後に,LCフィルタが接続されていると考えると理解しやすいと思います.スイッチ(SW1)のON/OFFでPWM出力を作り出しています.本来,PWM出力とするためには,D1の位置に,SW1とは逆位相でON/OFFするスイッチが必要ですが,これはダイオード(D1)で代用することが可能です.PWM出力ですから,その平均出力電圧はスイッチのオン・デューティをDとすると,式1で示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
実際は,スイッチやダイオードでの電圧損失により,式1よりも小さい電圧になりますが,おおむね,デューティ比に比例した出力電圧が得られます.
●昇圧型スイッチング電源
次に回路(b)の昇圧型スイッチング電源について説明します.回路(b)において,スイッチ(SW1)がオンしている間,コイルに電流が流れ,その電流は時間と共に増加していきます.その後,SW1がオフになると,コイルにはそれまで流れていた,電流を流し続けようとする性質があるため,X点の電圧が上昇し,コイルからの電流はD1を介して負荷に流れ込みます.オン・デューティが長いほどコイルに蓄えられるエネルギーが大きく,出力電圧は高くなります.
ダイオードの電圧降下を無視すると,X点の電圧は出力電圧(VOUT)と同じ電圧のピーク値をもった矩形波になります.また,その電圧が発生している時間は,スイッチのオン・デューティをDとし,スイッチングの周期をTとすると「T*(1-D)」となります.
X点とVINはコイルでつながれているため,直流的な電圧降下は無いと考えることができ,X点の平均電圧とVINの電圧は等しくなります.つまり,式2が成立します.
・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2を変形してVOUTを求めると,以下の式になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
なお,式1や式3が成立するのは,適切な負荷抵抗が接続されている場合で,極端に負荷が軽い時には,この式とは異なった出力電圧となります.
●LTspiceで降圧電源を検証する
それでは,これらの回路をLTspiceで検証してみます.図2が回路(a)の降圧型スイッチング電源を検証するための回路図です.スイッチ素子はLTspiceの電圧制御スイッチを使用し,MySWというモデルを定義しています.「.model MySW sw(Ron=10m Roff=10Meg Vt=2.5) 」オン抵抗が10mΩ,オフ抵抗が10MΩ,スイッチがオンするスレッショルド電圧は2.5Vとなります.また,そのスイッチを駆動するパルス電源は,デューティ比が自由に変更できるよう,変数を定義してパラメータ(図3)を設定します.
スイッチはMySWというモデルを定義
デューティ比が自由に変更できるよう,変数を定義してパラメータを設定する
オンタイムは「.param TON=D*T-0.1u」として「TON」という変数を定義し,周期TとデューティDを掛けあわせたものから,立ち上がり時間を引いたものとしています.デューティDは0.5とし,今回のシミュレーションはデューティ比を50%で行います.
図4は,出力電圧のシュミレーション結果です.安定した状態での出力電圧は約4.6Vとなっています.
出力電圧は約4.6Vとなっている
図5は,負荷抵抗に流れる電流と電源に流れる電流の9.8m秒~10m秒の波形を表示させたものです.電源に流れる電流は「-I(V1)」として,負荷抵抗に流れる電流と極性をそろえて表示させています.また,画面右上の「-I(V1)」の部分をCTRLキーを押しながらマウスの左ボタンをクリックして,その電流の平均値を表示させました.負荷抵抗に流れる電流が約460mAなのに対し,電源の平均電流は約229mAとなっています.
負荷抵抗に流れる電流と電源電流
三端子電源に代表されるようなシリーズ・レギュレータでは,負荷電流と電源電流はほぼ等しくなりますが,降圧型スイッチング電源では負荷抵抗に流れる電流よりも電源に流れる電流を少なくすることが可能です.
●LTspiceで昇圧電源を検証する
図6が,回路(b)の昇圧型スイッチング電源を検証するための回路図です.電圧制御スイッチやパルス電源は,図2の降圧電源で使用したものと同じものです.
電圧制御スイッチやパルス電源は,図2の降圧電源で使用したものと同じ.電源電圧は5V
図7が図6のシミュレーション結果です.出力電圧は9.1V程度となっています.
出力電圧は約9.1Vとなっている
また,図8は,負荷抵抗に流れる電流と電源電流のシミュレーション結果です.当たり前ですが,昇圧電源の場合は負荷に流れる電流よりも電源電流のほうが大きくなります.N倍の電圧に昇圧した場合は,電源電流は負荷電流のN倍になります.
負荷抵抗に流れる電流と電源電流
●デューティと出力電圧の関係を検証する
デューティと出力電圧の関係をLTspiceで確認します.図9は,図2の降圧型スイッチング電源回路に,「.stepコマンド」と「.MEASUREコマンド」の二つのコマンドを追加したものです.まず「.stepコマンド」でデューティを0.2から0.8まで0.1ステップで変化させ,7回ミュレーションします.
「.step param d 0.2 0.8 0.1」
次に「.MEASUREコマンド」で10m秒後のOUT端子の電圧をVoという変数に取り込みます.
「.meas tran Vo find V(Out) at 10m」
図10は,図9の回路をシミュレーションし,出力端子の電圧をプロットしたものです.7回のシミュレーション結果が重ね書きされていますが,デューティと出力電圧の関係がわかり易くなるよう,デューティを横軸としたグラフ(図11)を表示させてみます.
まず,[View][SPICE Error Log]でログファイルを開きます.次にそのログの表示されたウィンドウでマウスの右ボタンをクリックし,[Plot .step'ed .meas data]をクリックします.すると図11のように,横軸がD(デューティ)で縦軸が出力電圧のグラフが表示されます.降圧型スイッチング電源では式1のように,デューティ比に比例した出力電圧となることがわかります.
降圧型スイッチング電源では式1のように,デューティ比に比例した出力電圧となることが確認できる
図12は昇圧型スイッチング電源で,図9と同様「.stepコマンド」と「.MEASUREコマンド」の二つのコマンドを追加し,シミュレーションを行うための回路です.
図13が出力電圧のシミュレーション結果で,図14がデューティと出力電圧の関係をグラフに表示したものです.昇圧型スイッチング電源の出力電圧は式3で示されるように,(1-D)に反比例することが確認できます.
昇圧型スイッチング電源では式3のように,出力電圧は(1-D)に反比例することが確認できる
●LTspiceで用意されているスイッチング電源用IC
スイッチング電源は,その効率の高さから,省電力が必要とされるさまざまな省エネ機器に使用されています.リニアテクノロジー社の製品にも,多くのスイッチング電源用ICがあります.これらの電源ICは,LTspiceのコンポーネントとしても用意されており,図15のようにコンポーネント選択画面で[PowerProducts]の中から選択することができます.
新規回路図でICを選択し,[Open this macromodel's test fixture]ボタンを押すことで,外付け部品を含んだ回路図を呼び出すことができ,非常に簡単にシミュレーション確認が可能です.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice020.zip
●データ・ファイル内容
Step_down_J.asc:図2の回路
Step_up_J.asc:図6の回路
Step_down_D_J.asc:図9の回路
Step_up_D_J.asc:図12の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs