微弱信号を正確に増幅できる計装増幅器はどっち?
図1の回路(a)と(b)は,三つのOPアンプと七つの抵抗で構成した計装増幅器です.使用する抵抗のミスマッチ(抵抗精度)は,「±0.1%」です.OUT端子のゲインは,約1000倍を目標にして,抵抗値を定めました.回路は,「OP1,OP2,R1,R2,R3」からなる前置増幅器と「OP3,R4,R5,R6,R7」からなる差動増幅器で構成されています.前置増幅器と差動増幅器のゲイン配分は次のようになります.回路(a)は,前置増幅器が991倍で,差動増幅器が1倍,OUT端子の差動ゲインが991倍です.回路(b)は,前置増幅器が100倍で,差動増幅器が10倍,OUT端子の差動ゲインが1000倍です.
OP アンプ(OP1,OP2,OP3)の直流オープン・ループ・ゲイン(Ao)は,120dBで,1st pole(第1番目の極)は1Hzです.直流オープン・ループ・ゲインや周波数特性以外は,理想OPアンプとします.この場合,計装増幅器の重要な規格となるCMRR(Common Mode Rejection Ratio:同相信号除去比)が大きく,微弱信号をより増幅できる回路は(a)と(b)のどちらでしょうか?
回路(a)と(b)は,どちらも差動ゲインは約1000倍
回路の違いは,R4とR6の数値が,回路(a)は10kΩで回路(b)は1kΩ
回路(a)
計装増幅器のCMRRは,後段の差動増幅器を構成する「R4,R5,R6,R7」の抵抗の精度を上げることで決まります.また,CMRRは,抵抗のミスマッチや前置増幅器の差動ゲイン,後段の差動ゲインの三つのパラメータで導くことができ,CMRRを大きくするためには,回路(a)のように前置増幅器のゲインを大きくし,後段の差動増幅器のゲインを小さくします.
●計装増幅器は,微弱信号を増幅する
計装増幅器は,二つの高い入力抵抗の入力端子とシングルエンド出力をもつ増幅器です.図2のように,外部から同相の雑音が加わってもそれらは増幅せず,微弱な差動入力信号を抵抗(RG)によって決める差動増幅率で出力する増幅器です.例えばAC電力線からの雑音が多い環境でも,微弱信号を増幅する用途に使われます.具体的なアプリケーション例を挙げるとストレイン・ゲージや圧力トランスデューサなどに利用されます.計装増幅器に求められる主な特性の一つとして,同相ゲインが非常に小さいことが求められます.この特性は,電気的特性のCMRR(または対数表示したCMR)で示されます.CMRRは式(1)の関係なので,同相ゲインが小さくなるとCMRRは大きな値となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
微弱信号を増幅する用途に使われる
●抵抗のミスマッチでCMRRは悪化する
図3は,OPアンプ1個を使った差動増幅器です.この増幅器も差動入力電圧を増幅し,シングルエンドの出力で使われます.しかし,入力抵抗が小さく信号源抵抗(Rs)が,差動ゲインに影響を及ぼすことがあり,入力抵抗を大きくするために「R1,R3」を大きな値にすると,「R2,R4」は,同じゲインを得るので大きくなります.「R2,R4」のゲインが大きいと,入力オフセット電流による出力オフセット電圧が大きくなり,「R2,R4」が大きな値(例えばMΩの単位)になると抵抗精度を合わせるのが難しくなり,抵抗のミスマッチでCMRRが悪化する問題が出てきます.このようにOPアンプ1個を使った差動増幅器は,入力抵抗,差動ゲイン,出力オフセット電圧,CMRRが絡んだ特性となり,取り扱いが難しいところがあります.一方,計装増幅器は,OPアンプの個数は増えますが,OPアンプ非反転端子の大きな入力抵抗で,抵抗1本でゲイン調整ができて,大きなCMRRを得らます.
図3の差動増幅器のCMRRは,本メールマガジンの第1回「CMRRが低いのはどちらの回路?」で取り上げましたのでそちらも参考にしてください.
入力抵抗,差動ゲイン,出力オフセット電圧,CMRRが絡んだ特性となり取り扱いが難しい
図1の三つのOPアンプを使った計装増幅器は,よく利用される回路です.前置増幅器である「OP1,OP2」の非反転端子を入力端子とし,高い入力抵抗を実現しています.前置増幅器では「R1,R2,R3」の抵抗比によるゲイン率で増幅し,後段の「OP3,R4,R5,R6,R7」からなる差動増幅器でシングルエンド出力します.図1の「R1」は図2の「RG」に相当します.計装増幅器のゲインは図1の抵抗「R1」でゲイン調整ができ,大きいCMRR特性を持つ増幅器です.
●出力電圧の変化は後段の差動増幅器で発生
図1の回路で三つのOPアンプは理想とし,OP1の非反転端子に加える電圧をV1,同様にOP2のそれをV2,出力電圧をVoutとすると,計装増幅器の出力電圧(Vout)は式(2)で表されます.
・・・・・(2)
式(2)の右辺第1項は,差動ゲインを示し「R1,R2,R3」の抵抗のミスマッチは,差動ゲインに現れます.右辺第2項は「R4,R5,R6,R7」の抵抗比とV2の積で示されています.これが同相入力電圧に対する出力電圧の項です.この項に前置増幅器の「R1,R2,R3」はありません.同相入力に対する出力電圧の変化は後段の差動増幅器で発生しますので,CMRRも右辺第2項の影響を受けます.
後段の差動増幅器の抵抗にミスマッチが無く「R5=R7」と「R4=R6」の条件であれば「(R4*R7-R5*R6)=0」から式(3)となり,抵抗のミスマッチによる誤差が無い入出力特性を示します.ここで「(R1+R2+R3)/R1」は,前置増幅器の差動ゲインで,「R5/R4」は後段の差動増幅器の差動ゲインです.式(3)を使い回路(a)と(b)の抵抗値を使い差動ゲインを求めると式(4)と式(5)になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
回路(a)の差動ゲイン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
回路(b)の差動ゲイン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
●CMRRを計算式で導き出す
次に抵抗のミスマッチによるCMRRを考えます.同相入力電圧に対する出力電圧の変化は「R4,R5,R6,R7」の抵抗のミスマッチに関係することから抵抗のミスマッチを「±ε」として,後段の差動増幅回路のゲインが最悪値になる抵抗の組み合わせを考えると「R4(1-ε),R5(1+ε),R6(1+ε),R7(1-ε)」です.式(2)へこの値を入れ一次近似すると式(6)のCMRRが導き出されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式(6)よりCMRRを大きくするには,
・分母の抵抗のミスマッチを小さくする
・分子の計装増幅器の差動ゲインを大きくする
・計装増幅器の差動ゲインが同じならば,前置増幅器の差動ゲインは「(R1+R2+R3)/R1」で,後段の差動増幅器のゲイン「R5/R4」のゲイン配分は前置増幅器の差動ゲインを大きくした方が良い
式(6)のCMRRの近似式を用いて,回路(a)と(b)の抵抗値を入れてCMRRとCMRを計算してみましょう.
回路(a)は,R1=49.9Ω, R2=R3=24.7kΩ,R4=R5=R6=R7=10kΩ,ε=0.001より,
・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
回路(b)は,R1=499Ω, R2=R3=24.7kΩ,R4=R6=1kΩ, R5=R7=10kΩ,ε=0.001より,
・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
この結果からもわかるように,回路(a)と回路(b)でCMRRが大きくなるのは回路(a)であることがわかります.
●直流の同相入力電圧により出力電圧が変化
直流の同相入力電圧に対する出力電圧の変化は,計装増幅器の直流オフセット電圧の変化として現れます.直流の微弱信号を増幅する場合は,計装増幅器の差動ゲインで増幅した値以外に,式(2)の右辺第2項が,誤差要因となります.仮に同相入力電圧が,1V加えた状態で抵抗のミスマッチを±0.1%とすると,
回路(a) R4=R7=10010Ω,R5=R6=9990Ω,V2=1Vより,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
回路(b) R4=1001Ω, R5=9990Ω,R6=999Ω,R7=10010Ω,V2=1Vより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
以上のように直流の同相入力電圧により出力電圧が変化することから,出力オフセット電圧が悪化したようにみえます.
●LTspiceで計装増幅器を確かめる
次に,計装増幅器の差動ゲインや同相入力電圧による出力電圧の変化,CMRRの各値についてLTspiceを使って確かめてみましょう.
■差動ゲインのシミュレーション
図4は回路(a)の差動ゲインを確認する回路で,図5は回路(a)の周波数特性です.図6は回路(b)の差動ゲインを確認する回路で,図7は回路(b)の周波数特性となります.
回路(a)と(b)とおもに,同相入力電圧(VC)は,1Vで,二つの差動入力電圧(VN1,VN2)はそれぞれに0.5Vを加えた時の差動ゲインの周波数特性です.なお回路図中の抵抗値は波括弧({ })でくくった変数とし,その値は「.param」を用いて値を代入しました.
図5と図7の差動ゲインの周波数特性から,直流に近い低周波(1Hz)での差動ゲインは式(4)と式(5)の値と同等であることがわかります.
■同相入力電圧による出力電圧の変化とCMRRのシミュレーション
図8は,回路(a)の同相入力電圧による出力電圧の変化を確認する回路で,図9は,同相入力電圧による出力電圧の変化を調べた結果です.図10は回路(b)の同相入力電圧による出力電圧の変化を確認する回路で,図11は同相入力電圧による出力電圧の変化を調べた結果となります.
CMRRの測定は,電子情報技術産業協会規格(EIAJ ED-5103A)の「リニア集積回路測定方法(演算増幅器及びコンパレータ)」を用います.この測定方法はOPアンプのCMRRを測るものですが,ここではOPアンプは直流誤差が無い理想状態なので,抵抗のミスマッチがある場合の測定として使います.EIAJ-5103Aは電子情報技術産業協会のホームページから閲覧ができます.
本測定方法は異なる同相入力電圧の出力電圧の変化から計算するもので式(13)を用います.式(13)は「.meas」コマンドで自動計算し,1回のシミュレーションで計算できるようにしました.また,このシミュレーションではEc1を0V~1Vの範囲でスイープしており,その結果を同相入力電圧による出力電圧の変化として調べています.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
図9と図11のシミュレーション結果で同相入力電圧(Ec)は1Vでの出力電圧をグラフのカーソルで示し, 式(11)と式(12)で手計算した計算式,および,その値も記入しました.図9と図11の結果で,カーソルの値と手計算の値が一致していることがわかります.このように直流の同相入力電圧は,計装増幅器の出力で見ると出力オフセット電圧となります.
カーソルは同相入力電圧が1Vのときの出力電圧, (式11)の手計算結果も記入
カーソルは同相入力電圧が1Vのときの出力電圧, (式11)の手計算結果も記入
●「.meas」コマンドで自動計算と値の検知
CMRRの計算[式(13)]をカーソル機能で読んだ値を電卓で計算するのが大変なことから,ここでは「.meas」コマンドで自動計算させ値を探し出します.同相電圧が0Vと1Vの二つの回路を用意し,そのシミュレーション結果のVo1とVo2の値を使い式(13)を自動計算させます.LTspiceの文法から「DC解析においてEc1が1Vで, Ec2が0Vの結果を使って式(3)を計算した結果をCMRRという変数へ入れなさい」となります.
「.meas」コマンドの結果はログ・ファイルに記録されます.ログ・ファイルを見るときはメニューバーの「View > SPICE Error Log」または,ショートカット・キーの「Ctrl+L」でログ・ファルのウィンドが現れます.図8と図10のシミュレーション実行後のログ・ファイルには,次のように出力されました.この値を式(7)と式(9)で手計算した値と比較してみましょう.
回路(a)のログ・ファイル
cmr: 20*log10(((v(ec1)-v(ec2))*(rd/rc)*((rb+rb+ra)/ra))/abs(v(vo1)-v(vo2)))=113.909 at 1
回路(a)の手計算,式7, 式8より CMRR=495490, CMR=113.9dB
回路(b) のログ・ファイル
cmr: 20*log10(((v(ec1)-v(ec2))*(rd/rc)*((rb+rb+ra)/ra))/abs(v(vo1)-v(vo2)))=108.802 at 1
回路(b)の手計算,式9, 式10より CMRR= 274995, CMR= 108.8dB
CMRRのシミュレーション結果と近似式で得た手計算の値は,ほぼ同等です.これより計装増幅器の差動ゲインが同じ場合,CMRRを大きくするための前置増幅器と後段の差動増幅器のゲイン配分は,回路(a)のように前置増幅器のゲインを大きくし後段の差動増幅器のゲインを小さくすれば良いことがシミュレーションでも確認できました.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice015.zip
●データ・ファイル内容
Ideal_OP1.asc:理想OPアンプの回路
Ideal_OP1.asy:理想OPアンプのシンボル
Instrumentation_Amp_Gain_1.asc:図4の回路
Instrumentation_Amp_Gain_2.asc:図6の回路
Instrumentation_Amp_CMR_1.asc:図8の回路
Instrumentation_Amp_CMR_2.asc:図10の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
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(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
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