高温で出力電圧が大きくなるのはどっち?
図1の(a)と(b)はどちらも常温(27℃)で約1Vの電圧を出力する回路です.温度が高くなった時,出力電圧が大きくなるのは,(a)と(b)のどちらの回路でしょうか?
(a)はトランジスタのVBEに比例した電圧を出力する回路,(b)はVTに比例した電圧を出力する回路
回路(b)
図1の回路(a)は,トランジスタのVBE(ベース・エミッタ電圧)に比例した電圧を出力する回路です.VBEはよく知られているように-2mV/℃の温度係数を持っているので,高温で電圧は小さくなります.回路(b)は,VT(熱電圧)に比例した電圧を出力する回路です.出力電圧は絶対温度に比例するので,高温で電圧は大きくなります.
●数式により出力電圧を導きだす
まず,簡単にそれぞれの回路の動作を説明します.わかりやすくするため,ベース電流は無視できるものとします.図1の回路(a)において,Q1のコレクタ電流はR1に流れる電流と同じです.さらに,R1の両端電圧はQ2のVBE(ベース・エミッタ電圧)と同じになっています.つまり,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
となります.
Q4,Q3はカレント・ミラーになっているので,Q4のコレクタ電流と同じ電流がQ3にも流れ,この電流はQ2のコレクタ電流になります.Q1はQ3とQ2の電流が等しくなるよう制御する働きをします.Q3を抵抗に置き換えても動作はしますが,回路(a)の構成にしたほうが,電源電圧による出力電圧の変動が小さくなります.Q5もQ4と同じ電流が流れるので,出力電圧は式(2)のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
次に回路(b)の動作です.Q1をよく見ると,エミッタの近くの文字が「NPN 4」となっています.ここで,NPNというのは,SPICEモデルの名前ですが,数字の4はエリア・ファクタとよばれるものです.トランジスタを4個並列接続にしたものと等価になります.Q3,Q4はカレント・ミラーになっているので,Q1とQ2も同じ電流で動作することになります.共通接続されたQ1とQ2のベース端子に着目して式を立てると式3のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
Q2の逆方向飽和電流をISとしてVBEQ2を表現すると,VBEQ2は式4のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
ここで,
Q1は4個並列なので,ISは4倍になります.
式4を使って式3を書き換えると式6のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
さらに,ICQ2=ICQ1として式を変形すると,
・・(7)
となり,
ICQ1について解くと,
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
出力電圧は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
となります(VTに比例した電圧になる).
●LTspiceで温度特性をシミュレーションする
ここでは,回路が複雑になるので,省略しましたが,実際には,図1の回路(a)と(b)ともにスタータと呼ばれる別の回路が必要です.Q1の電流が流れないとQ2の電流も流れないことになり,すべてのトランジスタの電流が,0で安定してしまうことがあるからです.そのため,このような回路を実際に使う場合は,電流が0の時はきっかけとなる電流を供給し,定常状態になったらその電流を遮断する,といった回路を追加する必要があります.
それでは,回路(a)の温度特性をシミュレーションしてみます.温度を横軸にしたグラフにしたいので,[.step temp -30 80 1]というコマンドを追加します.-30度から80度まで1度ステップで温度を変えてシミュレーションするという意味です.図2がそのシミュレーション結果ですが,温度が高いほど電圧が低下しているのがわかります.
温度が高いほど電圧が低下している
次に,回路(b)も同様にシミュレーションしてみます.
高温時に電圧が増加している
図3が,回路(b)のシミュレーション結果です.高温時に電圧が増加することがわかります.つまり,問題の回答は「回路(b)」ということになります.
常温(27℃)での電圧が計算よりも若干低くなっていますが,これはトランジスタのベース電流による誤差が発生しているためです.なお,縦軸は,オート・スケールだと見にくいので,0.5V~1.5Vに再設定しています.これは,マウス・カーソルを縦軸目盛のあたり持っていき,マウス左クリックで現れるウィンドウで設定することができます.
●フラットな温度特性の電圧出力回路を作成する
このシミュレーション結果を見て,図1の回路(a)と回路(b)を組み合わせると,「温度特性のフラットな電圧出力回路が作れるのではないか?」と感じた方も多いと思います.電源ICなどでは,今回の回路とは異なりますが,負の温度係数を持つVBEと,正の温度係数を持つVT比例電圧を組み合わせ,出力電圧の温度による変動の小さな電圧を作っています.どのような比率で加算すれば温度による変化が最も少なくなるかは,半導体の特性から理論的に導けますが,ここでは,LTspiceの機能を使って解析的に求めてみます.
●温度係数を表示する
まず,図2で示した回路(a)で出力電圧の温度係数(1度あたりの電圧変化量)を求めてみます.LTspiceの波形ビューアの機能を使うと,簡単に温度係数を表示することが可能です.図2のグラフが表示されている状態で,V(out)と書かれた部分を右クリックして現れたウィンドウ(図4)でV(out)をd(V(out))と書き換えます.
温度係数を確認するためV(out)をd(V(out))と書き換える
これは,V(out)を横軸(温度)で微分する,という意味になります.温度で微分することで温度係数が求まります.そして表示されたのが,図5になります.(見やすいように縦軸のレンジを変更し,カーソルを表示しています)約-2.27mV/℃の温度係数であることが読み取れます.
約-2.27mV/℃の温度係数である
図3の結果に対しても,同様のことを行います.
約3.08mV/℃の温度係数である
図6は,3.08mV/℃と読み取れます.回路(a)と(b)の常温での出力電圧は若干誤差が発生しているので,それぞれ27℃の時の出力電圧(0.99V,0.923V)で割り,1Vあたりの温度係数に変換します.すると,それぞれ,-2.29mV/℃と3.3mV/℃になります.
●温度依存性の小さい電圧出力回路
図7は,回路(a)と(b)を組み合わせて,出力電圧の温度による変動を小さくした回路です.両者を足し合わせた時の温度係数を一番小さくするには,それぞれの温度係数の逆の比率で加算する必要があります.
「回路(a)の出力:回路(b)の出力 = 3.3:2.29」
また,出力電圧を1Vにするためには,上の比率で,かつ,それぞれのQ5のコレクタ電流の和を100uAとすればよいことになります.
「回路(a)の出力 + 回路(b)の出力 = 100uA」
そこで,
ICQ5a : ICQ5b = 3.3:2.29,ICQ5a+ICQ5b = 100uA から,
ICQ5a=59uA,ICQ5b=41uA とします.
R1a,R1bは,
R1a= 0.7/59u = 11.9k
R1b= 36m/41u = 878
図1の回路(a)と(b)の出力電圧誤差を踏まえて補正し(0.99V,0.93V を掛ける),R1a=11.7k,R1b=800とします.
回路(a)と(b)を組み合わせた
図8は,図7の回路のシミュレーション結果です.図2や図3と同じ縦軸レンジでみると,温度による出力電圧の変化がほとんど無いことがわかります.
温度による出力電圧の変化がほとんど無い
図9は図8の縦軸レンジを拡大したものです.温度に対して山なりのグラフになっていますが,-30℃から80℃までの範囲で,最も電圧の高いポイントと低いポイントの差は2.6mVほどしか無いことがわかります.
-30℃~80℃の範囲で電圧変動は約2.6mV以内である
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice009.zip
●データ・ファイル内容
TempA_J.asc:図1の(a)回路
TempB_J.asc:図1の(b)回路
TempAB_J.asc:図7の回路
※ファイルは同じフォルダに保存して,フォルダ名を半角英数にしてください
■LTspice関連リンク先
(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら