全出力雑音電圧が12μVrms以下となる負帰還抵抗値は?



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■問題

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,LT1128を使った非反転増幅器です.信号源抵抗(R3)が50Ωで,ゲイン(G)は「1+R2/R1」で101倍です.LT1128は,入力換算雑音電圧密度(Vn)が「0.85nV/Hz1/2」で,入力換算雑音電流密度(In)が「1.0pA/Hz1/2」の性能があります.また,非反転増幅器の出力には,雑音帯域幅(fBW)が5kHzのロー・パス・フィルタを配置しました.
 この条件で,OUT端子の全出力雑音電圧が12μVrms以下となる,負帰還抵抗(R1,R2)の値の組み合わせが正しいのは,(a)~(d)のどれでしょうか?


図1 ゲインが101倍の非反転増幅器

(a)R1=50Ω, R2=5kΩ
(b)R1=200Ω,R2=20kΩ
(c)R1=500Ω,R2=50kΩ
(d)R1=1kΩ, R2=100kΩ

■ヒント

 図1の非反転増幅器には,次の六つの雑音源があります.

・OPアンプの入力換算雑音電圧密度:Vn
・OPアンプの反転端子の入力換算雑音電流密度と抵抗の積:In-*R2
・OPアンプの非反転端子の入力換算雑音電流密度と抵抗の積:In+*R3
・R1の熱雑音:(4kTR1)1/2
・R2の熱雑音:(4kTR2)1/2
・R3の熱雑音:(4kTR3)1/2
R1~R3の熱雑音のkはボルツマン定数,Tは絶対温度です.六つの雑音源の単位はV/Hz1/2です.

 この六つの雑音源のうち,三つ[Vn,In+*R3,(4kTR3)1/2]はノイズ・ゲイン(1+R2/R1)で増幅され出力に現れます.また,(4kTR1)1/2は反転増幅器のゲイン(-R2/R1)で増幅され出力に現れます.残り二つ[In-*R2,(4kTR2)1/2]はそのまま(1倍)で出力に現れます.
 六つの雑音は互いに相関がなく,全出力雑音電圧「VNO(total)」は,出力に現れる六つの雑音を,2乗和の平方根で合計した出力雑音電圧密度に,雑音帯域幅の平方根「fBW1/2」を乗じることにより計算できます.


■解答


(a)R1=50Ω,R2=5kΩ

 図1の全出力雑音電圧「VNO(total)」は式1となります.六つの雑音源のうち,三つ[Vn,In+*R3,(4kTR3)1/2]はノイズ・ゲイン「1+R2/R1」で増幅されます.(4kTR1)1/2は,反転増幅器の信号ゲイン「-R2/R1」で増幅されます.また,二つ[In-*R2,(4kTR2)1/2]はそのまま(1倍)で増幅されます.

・・・・・(1)

 OUT端子の全出力雑音電圧は,RTO(Referred to the output)とも呼ばれますが,ここではVNO(total)の記号を使います. 式1を使い問題の(a)~(d)を計算すると,図1の全出力雑音電圧(VNO(total))は次になります.

(a)R1=50Ω, R2=5kΩ VNO(total)= 11.0μVrms
(b)R1=200Ω, R2=20kΩ VNO(total)= 15.8μVrms
(c)R1=500Ω, R2=50kΩ VNO(total)= 22.6μVrms
(d)R1=1kΩ, R2=100kΩ VNO(total)= 31.1μVrms

 よって,図1のゲイン(G)が101倍で,全出力雑音電圧[VNO(total)]が12μVrms以下となるのは,(a)となります.

■解説

●雑音計算の基礎
 まず,図1の解説をする前に,雑音計算の基礎的なことについて解説します.
 雑音は,周波数や位相が不規則なものの集まりで,その振幅を長い時間かけて観測すると正規分布しています.このことから雑音振幅は99.7%の確率で,揺らいでいる雑音信号のRMS(Root Mean Square:2乗平均平方根)値の「±3* RMS値」内と近似して考え,電気的な単位は「Vrms」を用いられています.
 雑音の種類は,抵抗内の電荷が熱擾乱し不規則な運動をするために生じる「熱雑音」,電流が流れるときのゆらぎで生じる「ショット雑音」,低周波領域でみられる「1/f雑音」などがあります.抵抗の熱雑音の理論式は式2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

ただし,k:ボルツマン定数,T:絶対温度,R:抵抗値,fBW:雑音帯域幅,単位は「Vrms」

 問題では雑音帯域幅を5kHzとしましたが,これは回路ごとに違います.式3のように雑音帯域幅で除算し,1Hzあたりへ正規化した値もよく使います.この時の単位は「V/Hz1/2」となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 雑音帯域幅は,回路で決まるカットオフ周波数とは違うので注意してください.詳しくは「LTspice電子回路マラソン014 ―― 雑音が少ない1次ロー・パス・フィルタはどっち?」を参考にしてください.
 雑音は,周波数や位相が不規則であることから,雑音源が直列に接続されているとき,雑音電圧の加算ではなく,2乗和の平方根で計算します.具体的に式で説明すると,抵抗RaとRbが直列に接続されているときの雑音電圧の合計は,式4の加算ではなく,式5のように2乗和の平方根を用います.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 図2はLTspiceを用いて,1kΩの二つの抵抗を直列接続したときの,熱雑音電圧密度をシミュレーションした結果です.使用した回路はグラフ中に記載しました.


図2 直列に接続した二つの抵抗の雑音の合計をシミュレーションで調べた結果

 1kΩの熱雑音電圧密度は「(4kT*1kΩ)1/2=4.1nV/Hz1/2」ですので,直列に接続したときの雑音電圧密度は式6で5.8nV/Hz1/2と求まります.

・・・・・・・・・・・(6)

 これは,図2の結果でも確かめられます.また,抵抗が直列に接続されているときは,図2に示した計算のように,直列抵抗の抵抗値2kΩとした熱雑音と考えても同じ結果となります.
 図3は,1kΩの二つの抵抗が並列接続のときの雑音電圧密度のシミュレーション結果です.この場合は並列抵抗の抵抗値500Ωとして計算した値と同じになります.


図3 並列に接続した二つの抵抗の雑音の合計をシミュレーションで調べた結果

●六つの雑音源のゲインは位置により変わる
 図4は,負帰還増幅器の雑音解析をする回路で,図1の信号源(V1)を外し,GNDへ接続しました.問題は,非反転増幅器ですが,信号源がないときは反転増幅器も同じ回路であり,図4の雑音解析する回路は非反転増幅器,反転増幅器の両方で使うことができます.
 図4には,六つの雑音源を示しました.具体的には,OPアンプ内部で発生する雑音を入力換算で表した入力換算雑音電圧密度「Vn」.反転端子と非反転端子の入力換算雑音電流密度「In-」と「In+」.そして,R1,R2,R3の熱雑音である「(4kTR1)1/2」,「(4kTR2)1/2」,「(4kTR3)1/2」です.反転端子と非反転端子の入力換算雑音電流密度は抵抗により雑音電圧となるため,それぞれ「In-*R2」と「In+*R3」で考えます.図4に示す六つの雑音源の出力(OUT)までのゲインは,雑音源の位置により変わります.


図4 OPアンプの雑音源

●六つの雑音源のゲインの求め方
 表1は,各雑音源の出力までのゲインをまとめました.

表1 六つの雑音源と出力までのゲイン

 表1のOPアンプの反転端子にある入力換算雑音電圧密度「Vn」は帰還率βの逆数(1/β)で出力に現れます.ノイズ・ゲインをNGの記号を用いると,「NG=1/β=1+R2/R1」となります.
 R3の熱雑音は非反転増幅器の入力に位置しており,出力までのゲインは「NG=1+R2/R1」です.
 R1の熱雑音は反転増幅器の入力に位置しており,反転増幅器の信号ゲインである「-R2/R1」で増幅されます.ここでのマイナスは位相が反転する意味です.
 非反転端子の雑音電流In+は,R3で電圧に変換されて非反転増幅器の入力に位置するため,出力までのゲインは「NG=1+R2/R1」となります.
 OPアンプの反転端子にある雑音電流In-は,反転端子がバーチャルショートで,一定の電圧となることから,抵抗R2へ流れます.「In-*R2」の雑音電圧源は出力端子にあるため,出力までのゲインは1倍となります.
 R2の熱雑音はOUT端子にあり,こちらも出力までのゲインは1倍です.
 全出力雑音電圧は,六つの雑音源に出力までのゲインを乗じ,それらを2乗和の平方根で合計し,雑音帯域幅を乗じた値であり,解説の式1となります.

●全出力雑音電圧の求め方
 表2は問題の(a)~(d)の抵抗値について,式1の六つの雑音電圧密度とそれらを2乗和の平方根でまとめた出力雑音電圧密度,また,出力雑音電圧密度へ雑音帯域幅の平方根「fBW1/2」を乗じた全出力雑音電圧「VNO(total)」の一覧です.

表2 六つの雑音源,出力換算雑音電圧密度,全出力雑音電圧


 図1で変化させるパラメータは(a)~(d)のR1とR2です.六つの雑音源のうちR1とR2の値により変化するのは,「(4kTR1)1/2*(-R2/R1)」,「In-*R2」,「(4kTR2)1/2」の三つです. 表2では,特に赤破線で囲った「(4kTR1)1/2*(-R2/R1)」の変化が大きく,支配的であることがわかります.信号源抵抗が小さい(R3=50Ω)とき,抵抗比で決まるゲインは同じでも,抵抗の値により全出力雑音電圧は変わるため,R1とR2を選ぶ目安となります. 信号源抵抗が高いときの注意点は「LTspice電子回路マラソン023 ―― 信号源抵抗が大きい回路でノイズが少ないプリアンプはどっち?」を参考にしてください.

●LTspiceで全出力雑音電圧を確かめる
 図5は,図1の全出力雑音電圧をシミュレーションする回路です.R1とR2の値は変数とし,R1を{50*n}, R2を{5k*n}で,nを「.step」で1,4,10,20と変化させ,(a)~(d)の値となるようにしました.また「.MEAS」で全出力雑音電圧を測定し,ログファイルへ記録します.具体的には「.MEAS NOISE out_totn INTEG V(onoise)」で,シミュレーションする周波数範囲(1Hz~100kHz)の全出力雑音電圧を変数「out_totn」へ記録します.記録した結果は,シミュレーション終了後に「Ctrl+L(コントロールキーとLキーを同時に押)」でログファイルを表示できます.


図5 図1をシミュレーションする回路
「.MEAS」で出力雑音電圧密度と全出力雑音電圧を記録する

 図6図5のシミュレーション結果で,OUT端子での出力雑音電圧密度周波数特性となります.低周波で雑音が増えている領域は1/f雑音です.また高域で雑音が減るのは,雑音帯域幅5kHzのロー・パス・フィルタの特性です.


図6 図5のシミュレーション結果

 図7は「.MEAS」で記録したログファイルです.「.step」で4回実行したシミュレーションでの全出力雑音電圧が記録されています.ログファイル中のstepと問題の(a)~(d)の対応は,step1が(a),step2が(b),step3が(c),step4が(d)です.表2で計算した値と同じであり,問題の答えは(a)であることが確かめられました.


図7 図5のシミュレーションログ
「.step」で4回実行したシミュレーションで全出力雑音電圧がログファイルに記録されている.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_026.zip

●データ・ファイル内容
Non_inverting_amplifier_Noise.asc:図5の回路
LPF.asc:LPFのサブサーキット
LPF.asy:LPFのシンボル

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

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